119 違いを愛して③

 でもそれがなんだと、夜風は澄まし顔をつんと上向けて銀河の腕を掴んだままずんずん階段を上っていった。


「すごいとか、かっこいいとか、そんな顔で言われるとわからなくなってきます。私は自分の心に従ってきただけです。誰かから感謝されるとうれしい。困っている人の力になれたら誇らしい。そんな自分の心に気づかせてくれたのは」


 最上段まで上りきった夜風はくるりとポニーテールをひるがえし、銀河の腕を引き寄せて浅瀬色の目に潜む空洞を覗き込んだ。


「あなたです、銀河さん。あなたの『ありがとう』って笑った顔がずっと、心の端っこを照らしてくれていた。だから今の私があるんです」


 後ろから吹きつけてきた風が夜風の髪をふわりと掬い上げ、みつあみに結った赤毛と交わる。


「人はみんな違う。あなたと私も違う。でも、だからこそ不安に思ったり憧れたり、妬んだり突然孤独に思ったりする心はみんな同じではないですか。違いを恐れることはありません。違いは愛せるものです。お兄さんとも私とも違う、銀河さんだけの違いを愛してください」


 だって、と繋げようとした声が震えて銀河の顔がぼやけた。拭った指を濡らす涙に、自分も不安なんだと知る。

 鏡花のような花にはなれなくて、朝陽のように強い光も持っていない。ただ目の前のことをこなすのに精一杯で、気づけば時間ばかりが過ぎていく。

 どこへ行き、なにをすればいいのかわからない、この果てなき夜の旅路で見つけた多くはない道標のひとつは、今そっと頬を包み涙を拭ってくれたこのぬくもりだった。


「だってあなたは、私を照らす夜の大河……」

「夜風……」


 さわさわと木々の葉を揺らし、風が遠くからビク丸の声を連れてくる。夜風は頬に触れる銀河の手に指を絡め、歩みを進めた。

 彼の目には迷いがある。それは自分も同じだ。それでもよかった。迷いながらでも覚束ない足取りでも、歩みを止めず頬に受ける風を感じたい。


「ビク丸ちゃん!」


 夜風が水路を覗き込むと、ビク丸は横手の水門前で右往左往していた。この水門は大雨が降った時、増水した山の水が畑に押し寄せるのを防ぎ、海峡へと流すためのものだ。

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