118 違いを愛して②

「うっ。あ、自分でやりますので」

「いいから。俺にやらせて」


 返す言葉もなく、目を逸らす夜風を叱るように銀河は少し乱暴な手つきで土を払い落としていく。そして腰のポーチから小さなボトルを取り出した。


「ちょっとしみるぞ」

「ん……!」


 傷口に振りかけられた液体はツキンとした痛みをもたらし、アルコール独特のにおいが夜風の鼻先をかすめる。


「消毒液を持ち歩いているなんて、用意がいいんですね」


 それだけではない。銀河は取り出したガーゼを折り畳み、傷口にあてると手早く不織布テープで固定していく。


「諜報員にはサポート班がいるけど、基本単独任務なんだ。だからなんでも自分ひとりで対処しなきゃならない」

「ひとり……」

「はっ。だからまあ、ひとり突っ走り気味な俺にはお似合いの役職とも言えるな。……よし。これでいいだろ」


 銀河は最後に白い布を巻いて、大きな結び目を軽くなでた。その白い布だけはポーチではなく、ズボンのポケットから出てきたことに夜風は興味を引かれる。

 包帯より固い素材で正方形だ。もしかしてハンカチじゃないかしら、と何気なく結び目から余った端っこをつまんでみた時、文字が見えた。ミミズが這ったようなたどたどしい筆跡で“よかぜ”と書いてある。


「銀河さんこれは……!」

「お守り。いや、俺の『気合い』かな」


 夜風の視線から逃げるように銀河は横を向き、米神の汗を拭うふりをして顔を隠す。


「いつか“よかぜ”が困ってたら、今度は俺が助けられるようになるんだって、それ見て訓練がんばってた。でも実際はこの通りだな」


 自分の格好を見下ろした目を夜風に移して、銀河は「なんでか今は夜風のほうが実動隊だし」と力なく笑う。


「訓練も受けてないのに、怪我人がいれば危ない場所にも行くんだもんな。夜風はすごいよ、やっぱり」


 その称賛の言葉がふたりを隔てる境界線に聞こえて、夜風は思わず視線を拒む腕をわし掴んでいた。驚いた銀河の顔は、あの日泣いていた男の子のようにいとけなく不安定で、揺らいでいる。

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