117 違いを愛して①

 けれど夜風に応えた声にはどこか切羽詰まった響きを帯び、ひたむきな眼差しはなにかを伝えようとしている。


「あっ」


 吸い寄せられるように夜風が一歩踏み出した時、ビク丸は壁に半ば乗り上げて来た道へと向きを変えた。ひれをぴたりと体につけ、首を振って這い進む。しばらく行くと立ち止まり、こちらを振り返った。


「銀河さん」

「ああ。行こう」


 銀河もビク丸から感じたものは同じだった。ふたりはうなずき合い、ビク丸を追って駆け出す。

 用水路は間もなく曲がり角にぶつかった。左に折れると他の水畑へつづいている。しかしビク丸はちらりと上を見た。そちらは山の源流から下りてきた水が、小さな滝となって落ちている。

 夜風はまさかと思った。その次の瞬間、ビク丸はほとんど助走もなく一気に飛び上がった。

 難なく段差を越えていった白い体に、前を走る銀河の背中からも感嘆の声が上がる。


「俺たちは階段だ。雨で滑りやすくなってるからな」

「はい」


 夜風と銀河は水路脇の階段を上った。その中腹で、ビク丸がまたしても見事な跳躍を見せる。滝を登っていく背中がキラキラ光った。夜風も遅れまいと懸命に足を動かす。


「ひゃ!?」


 だが、横に渡した丸太の上に足を置いたとたん滑ってしまった。とっさに手をつき転倒は免れたものの、手のひらに鋭い痛みが走る。


「だいじょうぶか!?」

「だいじょうぶです。ギリギリセーフでした」


 振り返った銀河に笑みを向け、夜風は拳を握った。小石か枝で切ったのだろう。手のひらの痛みはズキズキと消えない。だがこの程度の傷に構っている場合ではなかった。

 夜風は自分の体で手を隠しつつ、銀河の脇を通って先をうながす。しかし、一段上に上がったところで握り締めた手を掴まれた。


「怪我したんだろ。見せろ」


 有無を言わせない力と声に怯み、思わず手のひらをほどく。親指の下部に一センチほどの切り傷があり、赤い線が付着した土の隙間から浮かび上がっていた。


「バカ、土も払わないで。小さな傷でも菌が入ったらまずいって俺よりよく知ってるだろ、治癒師殿」

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