115 玉響さん①

 橋に飛び出そうとした夜風の肩を掴み、しゃがませた銀河の手には黒い拳銃が握られていた。びっくりして目をまるくする夜風に気づき、銀河は銃を軽く持ち上げてみせる。


「これはショック銃だよ。発射すると三つに分かれる散弾が入ってて、ひとつでも当たれば電流が流れて立てなくなる。銃声や悲鳴を回避する諜報員の相棒ってわけだ。護身と捕縛用の銃だな」


 まるでこんなのはオモチャだと不満そうに言う銀河に、夜風はちょっとだけムッとした。

 花形と言われる実動隊の武器は腰から下げた剣と魔装具だ。諜報員のショック銃より殺傷能力が高く、動きも大きくなる。加えて魔装具の派手な炎や雷の魔法は注目を集めた。

 華やかだけではない。重い責務の象徴でもある剣と攻撃魔装具の携帯を認められた彼らはやはり、エリートと呼ばれるに相応しい人間なのだろう。


「それでも――」


 夜風はひかえめに銃を持つ銀河の手に触れて、彼の目をひたと見つめた。


「そのショック銃でさえ、使うことをためらう銀河さんが私は好きです。この橋で野犬に襲われた時、使いませんでしたよね」


 あの時の判断には、銃を持ち出して余計に騒ぎを大きくしたくないという打算もあったかもしれない。

 けれども銀河は周囲の観光客や通行人に気を配っていた。追いつかれたわけでもないのに、夜風の目の前で身をひるがえし立ち塞がった。

 たとえその一件は朝陽の言う通り銀河の焦りが招いたことだとしても、アクレンツェの平和を一日でも早く取り戻したいと願う心に嘘はない。そう信じられる。


「え。夜風、今、好きって……」

「そういう好きではありませんので」


 ですよね、とため息をつく銀河を尻目に、夜風は左右を確認して走り出す。玉響の家は橋から一番近い。

 往診日にはいつも順番を最後にして、ちょっとお茶に呼ばれるのを楽しみにしていた。その帰りには必ず水菜すいさいや近所からもらった野菜を持たせてくれた。

 代わりに夜風は、重たい日用品や食品を玉響の分まで買うようになった。自分用のついでで、全部特売品ばかりで特別なものなんてなにひとつなかったのに、玉響は何度も礼を言って喜んでくれた。

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