114 旧市街島へ③
銀河はビク丸と目が合って不満顔を強張らせたが、ぎこちない動作ながらもすんなり後ろに乗り込んできた。夜風はすかさず彼の手を取って肩に導き、手綱を振る。
「ビク丸ちゃん、全速前進!」
「ミー!」
氷人のメリュジーヌに乗って号令をかけようとした朝陽を抜き去り、夜風は緑の電灯がぽつぽつと灯る水路内を突き進んだ。
この方角だと、港島と中ノ島に挟まれる海峡の真ん中あたりに出るはずだ。そこから右回りに中ノ島を迂回していけば、旧市街島に辿り着ける。
夜風は手綱をぎゅうと握り、ビク丸に心の中で謝罪しながらもう一度強く綱を振った。
「……夜風。海峡に出たらまっすぐ進んで。正面にある水路が旧市街島までの近道になる。橋の西側に出られるんだ」
それは中ノ島をほぼ直線で横断できる道筋だった。夜風はハッと息をつき、耳打ちした銀河を振り返る。
「だいじょうぶ。きっとみんな無事だ。だから……」
夜風の肩から滑らせるようにして手を伸ばし、銀河は手綱を握り締めて震える手をそっと押さえる。そのぬくもりは心地よい治癒魔法のように慰め、手にこもる力をほどいていく。
夜風はひとつうなずいてビク丸の首筋をゆったり叩き、無理のない速度まで落とした。
中ノ島を突っきる水路を出ると、銀河の言った通り旧市街島へ渡された橋の左側に着いた。
雨はやんでいた。突発的に起こり短時間で収まる雷雨は、この時期珍しいことではない。雨雲が去った北西にはすでに青空が見え、なにごともなかったかのような夏の日差しがアクレンツェを照らしはじめている。
夜風と銀河は橋の袂にビク丸をつけ、階段を駆け上がった。踊り場で折り返した時、一歩遅れて到着した朝陽たちが散開し、逃げ遅れた人々の捜索にあたる姿が見えた。
朝陽もまた夜風と銀河に視線を返してきた。だが言葉も身振りもいらない。互いにやるべきことはわかっている。一瞬後には向き直り、それぞれの使命へと動き出す。
「夜風、気をつけろ。野犬がいるかもしれない」
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