107 朝陽の裏側⑤

「それデートの時言われたの? デートでなにした。なにか、された?」

「いえ、あの……」


 困惑する夜風の視線を捕らえたまま、銀河は親指で唇をなぞった。

 そこで夜風はハタと思い出す。黒い服の諜報員が朝陽じゃないのなら、野犬騒動の時も医務室でも夜風のあごとまぶたにキスを落としていったのは銀河ということになる。

 女好きの人たらしな朝陽だから、あいさつ代わりやからかいだと片づけてきた。でも銀河はそういうタイプに見えない。


「えっと、銀河さん。ひとつ聞いてもいいですか」

「はぐらかすなよ、夜風」

「ち、違うんです。私にキスしたのはなんでかなと思いまして……!」


 強まる怒気に怖々叫んだとたん、銀河はきょとんと固まった。しかし次の瞬間、夜風は頬を両側から挟まれてかかとが浮く。お互いの額が触れ合う距離で浅瀬色の目に覗き込まれた。


「この状況でそれ言う? 誘ってるの?」

「な……!」

「キスして、って聞こえた」

「言ってないです! 離してください。軽いノリは嫌いです」

「うそ。だってほら、また熱くなってる」


 ここ。と耳の輪郭をなぞられて、関係ないはずなのに腰が震える。

 銀河は朝陽よりも意地悪だ。熱い耳をなでる手を振り払えずにいる夜風の考えが、伝わるはずもないのに銀河は目が合って暗く笑う。


「兄貴とは違う? 俺は嫉妬深いんだ。誰かさんのせいで。だけど――」


 触れるか触れないかのやさしさで銀河の手が夜風の口を覆った。目をまるくする夜風のまつ毛に赤い髪が絡み、彼はまぶたを閉じ手のひら越しに口づける。


「俺自身はまだ、これが精一杯……。ぎゃあああ!?」

「むううう!?」


 唇を寄せたまま見つめ合っていた銀河の頭に突然、茶色いものが落ちてきた。しかもそれは羽のようなものをバタバタと振って暴れ、水しぶきを飛ばしてくる。

 頭上で跳ねるものを視界に捉えられず、銀河は半狂乱になって走り回りはじめた。


「ひいいっ! 気持ち悪い! ムリッ、ムリムリーッ!」

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