106 朝陽の裏側④

「ああ、よかった。俺でも照れてくれるんだ。夜風、照れると耳熱くなるでしょ。あの時も」


 銀河は顔を起こして指の背でそっと夜風の目の上をなでていく。その向こうにある彼の瞳は熱にとろけた砂糖のような光を湛えて、笑っていた。


「ここにキスしたら、耳が熱かった。夜風はほんと……じゃなくて!」


 かと思いきや、急に叫んで再び夜風の肩に顔を埋める。耳元でうーうーとこもったうなり声が聞こえてきた。夜風はなんだか大きな幼子を抱える母親の気持ちになって、行き場のなかった手を銀河の背中に回す。


「どうしたんですか、銀河さん」

「夜風にとっては全然よくないことなのに、喜んでごめん。でもやっぱりうれしい……。兄貴はあとで一発殴ってやるからな」


 兄貴と聞いて夜風は先ほどの兄弟のやり取りを思い出した。

 隊を預かる者として、人命が懸かる任につく者として、朝陽の言葉は厳しい。けれどそこには弟への思いも込められている。

 夜風は銀河の肩を叩いて、顔を上げるようにうながした。


「朝陽さんのことは殴らないであげてください。さっきの話、私には『もっと仲間を頼って欲しい』と聞こえました。それに、朝陽さん私に言ったんです」


 それは、自分から一歩踏み出して欲しいと願う兄の、精一杯の手助けだった。


「あいつを――銀河さんを見つけて欲しいって。朝陽さんは朝陽さんなりに銀河さんを見守っていると思います」


 今思えば『素の俺のことどう思う?』と問いかけてきた朝陽は、弟が自分になりすましていると気づいていた。それでも知らないふりをして許し、誤解を解く機会を弟にゆずったことこそ兄の愛だと思う。

 きっと銀河の一番の応援者は朝陽だ。しかしそれと同時に悩みの種でもあることを自覚し、歩み寄ることを避けている。

 不器用な兄弟が切なくも愛しく思い、夜風の口元には自然と微笑みが浮かんだ。


「兄貴の気持ちはわかったけど、そういう顔されるとムカつく」

「え」


 ふいに銀河の手があごを掬い上向かされる。そこには怒った顔の彼がいて、夜風は心臓が跳ねた。思わず手を離しあとずさろうとするも、腰を抱いた銀河の腕に阻まれいっそう強く引き寄せられる。

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