105 朝陽の裏側③
そうだ。嫌がらせを受けた時も私の傍らにはこんなバケツと冷たい水があった。私を見つけて救い出してくれた手が傷だらけだと気づいた時からはじまっていたんだ。
もう知ってしまったのに見て見ぬふりなんかできない。放っておけない。
差し伸べるこの手を、どうか許して欲しい。
振り向きかけてやめた背中が再び離れていくせつな、夜風の指が服の裾に届いた。
「行かないで」
祈りを込めるように、彼に繋がる手を握り締める。
「なにもできなかったなんて言わないでください。銀河さんはずぶ濡れの私を救ってくれた。『かっこいい』と肯定してくれた。あの言葉が私の光になったんです。それをくれたのが傷つく痛みを知っているあなただったから……!」
近づきたいと思ったのは輝く太陽。だけど知りたかったのはその裏側。
「はじまりは銀河さんでした。あなたが演じていた素の朝陽さんに私はもう一度会いたかったんです!」
あ、と思った時には手の中から彼がすり抜けていた。兄弟の区別もつかなかった自分ではダメなのかと胸が締めつけられた時、虚空に取り残された手が強く掴まれて引き寄せられる。
驚き見上げた先で、あの日タオル越しに見た影潜む瞳とぶつかった。
「それは本当……? だけど、兄貴は」
当然の質問だったが、夜風は舌に広がる苦味を感じて顔を逸らす。思い出すとどうしても痛む心を、無理やり引き出した笑みで誤魔化した。
「あの、私フラれたんです。私が素の朝陽さんを知って惹かれたと話したからだと思うんですけど、『本当に好きになったのは俺じゃない』って言われちゃいました……」
持ち上げた口角が重い。今自分はどんなに情けない顔をしているだろう。居た堪れなさについ身を引いた夜風を、銀河は許さないかのように強く抱き寄せた。
気づけば胸元にすっぽりと収められ、肩口に顔を埋める銀河の吐息や背中を包むぬくもりに目をぱちくりする。さらりと流れた赤い髪に耳をなでられた瞬間、火がついたようにそこが熱くなった。
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