103 朝陽の裏側①
「さて。それはこれからのあいつ次第だな。昔からずっと見つめつづけていた。でも、見てるだけじゃはじまらねえよ……」
納屋から出たはいいものの、外は警戒する実動隊員やひそひそ話す村人たちが至るところに見られた。それらの目を気にする彼の素振りに、夜風は先ほど教えてもらった井戸のほうはどうかと提案する。
納屋の主人が所有する敷地内にありながら、それは山側の少し奥まったところに位置し、家の者以外が来る気配はまったく感じなかった。
ちょうど汗を拭きたかった夜風は首元でわだかまるベールとゴーグルを頭から抜き去り、首裏が暑くてしょうがないおさげの髪をいつものポニーテールに結い直す。
井戸の底から水を汲み上げていると、髪を下ろしている間一歩下がってなにやらもじもじしていた彼が、反対側の縁に手をかけてぬっと身を乗り出してきた。
「なんで兄貴とデートしたんだよ夜風! まさか好きなのか」
「開口一番がそれですか。もっと私に言うことあると思いますけど」
ロープをぎゅっと握って夜風はジト目でにらむ。相手が怯んだ隙に上がってきたバケツを手繰り寄せた。
「あなたの名前、ちゃんと教えてください」
苔むしたバケツの中でたぷんっと揺れる水面のように、瞳を震わせている彼をまっすぐに見つめる。彼はこの静寂を壊すことを恐れているかのような声で、ぽつんとこぼした。
「銀河」
「……銀河、さん。つまり黒い服を着て、髪をみつあみに結っていたのはすべて、あなたなんですね……?」
銀河はゆっくりとうなずいた。
彼の口から名前を聞いてようやく腑に落ちる。するとにわかに体から力が抜けて、バケツへ覆いかぶさるように項垂れた。
影が降りた水面にかすかに映る自分は、泣きたいような笑いたいような顔をしていた。
「双子だと知らなかったとはいえ、ずっと勘違いしていた自分が恥ずかしいです。でも、あなたとやっと会えた。うれしいです、銀河さん」
まるく目を見開いた銀河はなにかを言いかけた唇を噛み、うつむく。井戸の底に落ちた視線は切なく細められた。
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