98 朝陽の思い①

「まさか、もう治療が終わったのか? 全員? 容態は」

「こちらの二名の毒はほぼ解毒完了。あとは自己治癒能力に委ねても問題ないと判断したため、治癒魔法を中程度に切り替え経過観察中です。なにごともなければ三十分ほどで外傷も癒えるでしょう」


 副隊長から視線を寄越されて夜風は慌てて姿勢を正した。そのままついいつも通りの――女の声で喋りかけたのを咳払いで誤魔化し、低さを意識する。


「自分が担当した二名も解毒を終え、治癒魔法のみに切り換えております。一名は意識回復。肩と首を負傷した隊員は高魔力による熱で体温上昇が見られ冷却処置を施していますが、命に別状はありません」


 夜風は口元を覆うベールを持ち上げて、視線を落とした。


「……すみません。自分が未熟なばかりに、熱を抑えられませんでした」


 高魔力治療は熱を帯びるものだ。副隊長が処置した隊員とて手のひらに冷やしたガーゼを巻いている。しかし呼吸はおだやかであり、顔色も良好だった。

 自分と副隊長の、ダブル魔法精度と魔力調節の差を痛感する。無意識下の魔法も加減できる経験と、人体への影響を最小限に抑える技術がもっとあれば、隊員をふたりとも危険にさらすことはなかった。

 精霊石ブレスレットの青い光は、残り五つまで激減している。これこそが夜風がきちんと魔力を扱いきれていない証拠だ。


「いや、お前はよくやったよ」


 ふと、頭にやさしいぬくもりが置かれて目を起こす。朝陽はどこか泣きそうな目をして、力なく笑いながら夜風の頭をなでた。


「俺は部下を失うところだった。まだまだ未来のある若い命を。お前はこいつらの人生と、そして家族や友人や俺の心も救ってくれたんだよ。誇っていい。ありがとう」


 髪に触れる手はデートのように甘くなく少し乱暴だったけれども、陽だまりのように夜風の心を暖めた。

 部下を失う闇から夜風が救い出したんだというが、朝陽はやっぱり強いと思う。他者を思いやってにっこり笑う姿に、彼自身が磨き上げてきた光を感じた。

 だが夜風はにわかに違和感を覚えて、まっすぐ過ぎる浅瀬色の瞳を凝視する。

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