96 治癒師の戦場④

 精霊石の青色が半分失われた。二十四個ある数珠のうち十四が消費され、十個目ももう光の明滅がはじまっている。


「あああ! あつい、あつい……!」


 痙攣が収まり、患者の意識が戻った。しかし魔法による発熱に驚き隊員は混乱状態に陥る。腹部にあてた夜風の手に新たな熱い液体が触れた。


「動いてはダメです! ゆっくり息を吸って落ち着いてください。あなたは助かります! 私がきっと助けます……!」


 木箱の上で悶える体を夜風は肩を押さえつけてなだめた。隊員は玉の汗が浮かぶ顔を振り乱し、夜風の手が野犬の脚にでも見えているかのように拒む。

 何度も振り払われ、引っ掻かれ、爪が肌に食い込もうとも夜風は、隊員の服を握り締め気遣う声を絶やさない。


「息をゆっくり吸ってください。だいじょうぶ。そのまま私を離さないで」


 穴のあいた空気ポンプのようにか細い呼吸をくり返す隙間から、隊員はなんとか口を大きく開けて浅く早い呼気を鎮めようとする。

 夜風は魔法の加減にゆるやかな強弱をつけて、自然な呼吸の間隔を伝えた。魔法を弱めれば熱が引き、今度は痛みを発して隊員の表情をひどく強張らせたが、徐々にふたりの息が重なっていく。

 腕を掴む力もほどけ、夜風は解放された手でガーゼを取り出し隊員の額に浮かぶ汗を拭った。


「もう一度強く魔法をかけます。深く息を吸ってください」


 わずかなうなずきを確認して呼吸音に耳をそば立てながら、夜風は意識を研ぎ澄ます。隊員の胸が大きくふくらんだ瞬間、傷口から血液を伝って全身に巡らせた解毒魔法を活性化させた。

 再び首を振って熱にうなされはじめる隊員の手を握り、深く侵入した毒が発する抵抗の感触を追いかける。正常な細胞にはなるべく作用しないよう、細く張り詰めた夜風の魔力は侵入者だけをひたと狙い定め、包み込んだ。


「はあ、はあ……」


 隊員の目に入りそうな汗にガーゼをそっと押し当てていく。夜風は自分の汗も二の腕で払いつつ、目を閉じてもう一度魔力の感覚を研ぎ澄ませた。

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