95 治癒師の戦場③
「あつい……」
魔力を通じて感じる毒の猛威は夜風にも牙を剥いた。注ぐ魔力の流れが乱れたり弱ったりすると、瞬く間に掻き消され発熱する。
この熱は間違いなく患者にも響いている。長引かせてはいけない。早く、本人の自己治癒能力に託せる域――治癒魔装具だけでまかなえる状態まで持っていかなければ。
その時、もうひとりの患者が激しく咳込み吐血した。
「
横目で患者の状況を確認した副隊長の指示は、夜風の耳に入っていなかった。木箱を並べた簡易ベッドから地面へ滴る鮮血に目を奪われる。
肩から首にかけて負傷した患者に気を取られ過ぎた。どちらがより深刻な状態か判断を見誤った。
目の前でボタボタとこぼれ落ちていく命に、刃物をひたりと押しつけられるような恐怖が夜風を縛る。首から下が岩の中に閉じ込められていた。悪夢のように自分だけが時間の流れから弾き出され、もがくこともできない。
「しっかりしなさい! ぼうずはここになにしに来たのよ!」
治療を。早く。魔装具を使って処置を。でも、どうしよう。今までどうやって魔法を使っていたかわからない。
――お前は俺のこと放っておかなかっただろ。
ふいに、朝陽の声が響いた。脳裏に全身黒い服をまとい、赤髪をみつあみに結った彼の姿が瞬く。
――夜風はかっこいいよ。
太陽の光も届かない深い深い空洞を秘めた瞳で微笑む横顔が強い陽射しで消えかかり、夜風はとっさに手を伸ばす。
ハタと気づいた。岩に封じられたはずの自分の手が虚空に浮いている。ガタガタ震える患者の苦しむ音、副隊長の怒号がひと息に戻り、まとめて耳に飛び込んできた。
「白夜あ!
「目の前で苦しんでいる人を放っておけない。あなたが誰だろうと私は!」
夜風は肩から首にかけて負傷した隊員への魔法を維持したまま、意識から外した。
そして吐血する隊員にすばやく駆け寄り、体を横向きにして回復体位を取らせる。最も傷が深い即腹部に片手をかざし、治癒と解毒、ふたつの魔装具を最大出力まで一気に上げた。
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