94 治癒師の戦場②

 村民の避難誘導や護衛、周囲の警戒など朝陽の部隊は手いっぱいで、負傷者の治療は治癒魔法をかけてなんとか命を繋いでいるに過ぎない。

 夜風と交替した隊員はその場に崩れ折れ、肩を激しく上下させながら玉の汗を滴らせた。


「白夜はそっちのふたりを。できねえなんて言わねえわよね」

「了解です。任せてください」


 まずはふたつの治癒魔装具でふたりの患者に癒しの魔法をかける。

 口ではああ言ったものの、夜風は不安を拭いきれずにいた。こうして魔装具をふたつ同時に発動させることも最近覚えたことだ。ましてや今回は四つを扱わなければならない。

 持ち込まれた備品が並ぶ木箱から、ピンセットでガーゼを摘まみ上げた手が震える。

 その時ふと夜風は、両手から放たれる癒しの魔力が妙に吸い寄せられる感覚がした。それはまるでふたつの泡のように、ぴたりとくっつき境界線があいまいになる。そして互いにしばし押し合った魔力は、ポンッと弾けてひとつになった。


「……いける」


 結晶体の共鳴反応。同種魔法による相互作用。夜風に難解な理論はわからなかったが、体を巡る魔法の感触はひとつだった。ならば解毒魔法も扱えるはずだ。

 いまだに血がにじみつづける傷口を、消毒液を染み込ませたガーゼで拭う。夜風と交替する間際まで隊員は懸命に肩口を圧迫止血していたが、血の流れは衰えることを知らない。


「あった。これだ」


 赤黒く染まる牙の噛み痕を見つけた。夜風はその傷口から魔力を通すように解毒魔法をかけていく。

 発動した直後、思わず舌打ちしたくなった。毒はすでに広範囲に及んでいる。しかも深い。傷口周辺に留まっていた朝陽の状況とはまるで違う。

 今すぐ全身に解毒をかけるべきだ。しかし表面を覆うだけでは深層に達した毒まで間に合わない。


「他の傷口からも注げば……!」


 夜風は無数の引っ掻き傷や噛み痕が走る患者の両腕に留意した。そちらもガーゼでていねいに拭い、傷口を確認しながらひと筋の清水を思い描いて破毒はどくの魔力を注ぎ込む。

 左右の腕、肩口から染み込んだそれは血流に乗ってくまなく全身を満たし、細胞の奥まで運ばれていく。

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