93 治癒師の戦場①

 夜風は自分の胸を見下ろす。慎まし過ぎるふたつのふくらみは隊服の厚さに負けていた。

 そこへ、さっと視界に入ってきた副隊長の手が夜風の手を取り上げる。顔を寄せ、うっとりと細めた目にマーメイドテイルリングの青が怪しく映り込んだ。


「だけどこの魔装具の使い込み具合は本物だねえ」

「わかるんですか!?」

「色の深みを見れば一発。それにその精霊石……」


 魔装具から目を離さないまま反対の手首にはめた腕輪を指摘する副隊長にドキリとする。鋭い観察眼だ。自己紹介なんかなくとも、この人はもう夜風の実力を見抜いている。

 ひたと注がれる副隊長の視線から目を逸らせなかった。


「白夜、これも装備して」


 そう言って渡されたのは長方形の小箱だった。開けてみるとローレライ治癒団の支給品とはデザインが異なってシンプルなものだったが、馴染み深い治癒と解毒の指輪型魔装具だ。

 どういうことか説明を求めて顔を上げると、副隊長は足早に歩き出している。夜風は慌てて走り、横についた。すると副隊長はきびきびと口を開く。


「その精霊石のキャパは治癒と解毒ひとつずつなんてもんじゃねえわよ。ぼうずは補助に回そうと思ったけど、もったいない。三十万の実力とそれを買った心意気、フルに活用してもらおうじゃねえの」


 ニッと口角を持ち上げた唇から笑みを消して、副隊長は前方に迫る納屋をあごで示す。


「俺とぼうずの担当はあそこ。最もひどい重体者四名だ」


 にわかに汗がにじみはじめた手を拭い、夜風は小箱から取り出したふたつの指輪をそれぞれ中指と小指につけた。軽く動作確認すると青とピンクの光を灯して応える。

 副隊長は納屋の扉を開けるせつな、夜風を振り返った。


「ここが俺たちの戦場よ。負けんじゃねえわよ、白夜」

「はい。きっと助けてみせます!」


 朝陽率いる実動隊員は疲弊しきった顔にわずかな笑みを乗せて、副隊長と夜風に重体者四名を引き継いだ。

 野犬に抵抗した痕だろう。患者はみんな両前腕ぜんわんに深い噛み傷がついている。そして不意をつかれたのか、はたまた別の個体が襲ってきたのか、側腹部や肩甲上部から外側顎三角部がいそくけいさんかくぶにかけての損傷が激しかった。

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