92 助っ人の白夜④

 ようやく装着できた時、ヘリが離陸し機体が大きく揺れる。エンジン音がうるさくて隊員と詳しい自己紹介もできないことは幸いだったが、夜風は今さらながら自分の下した決断の大きさを実感した。

 けれどもう二度と、トイレの個室に戻るつもりはない。


「あなたに憧れ、恋をした。この気持ちは私のもの。間違いではなかったと思います。だけど……」


 夜風は胸ポケットからメモ帳と万年筆を取り出し、そこに書かれた朝陽の連絡先を黒く塗り潰した。


「さよならです、朝陽さん。今から会いに行く私は治癒師の夜風」


 南から北へ向きが変わった風に乗ってヘリは先を急ぐ。




「白夜! ちょっと白夜!」


 何度目かの呼びかけでようやく返事ができた夜風は、内心しまったと苦い思いをしながら副隊長の元へ駆ける。氷人が勝手につけた偽名に移動時間三十分で慣れるはずもなかった。

 氷人は白夜を「現場に慣れていない」設定にしてくれたが、夜風は副隊長を前にして冷や汗を感じた。本土の山裾にある畜産農家の集落に到着してすぐ、現地にいる実動隊員から報告を受けて他の増援員はもう各場所に散らばっている。

 夜風はそれをただ見ていることしかできなかった。新人だって養成学校で鍛えられたエリート。今の夜風ほど醜態をさらす者はいないだろう。

 頬を指先で叩き、値踏みするような目で見つめてくる副隊長の視線が痛い。


「やっぱり。お前すげえ小せえと思ったのよ」


 終わった。

 夜風は早くも正体がバレたと悟り、身を強張らせる。男女の体格差なんてどうしようもない。そもそも無謀な企みだったのだ。

 だったら普通にローレライの治癒師として送ってくれればよかったのに、と氷人への怨みつらみが噴き出す背中を突如豪快に叩かれる。


「養成学校の一年か二年でしょ! ぼうず! あんだよねえたまあに。そいつの能力知りたくていきなり任務に放り出すこと! 氷人隊長の悪いところよ、まったく。ぼうずも災難だねえ」

「ぼうず……」

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