91 助っ人の白夜③

 隊長と呼んだのは嫌みだったが、そのあとの言葉に夜風の心はグラついた。驚く朝陽。そのあとには喜んでくれるのか。それとも心配されるのか。

 どちらにしても、彼の目に映る最後の自分が憧れの的の実動隊服を着ているのは悪くない気分だった。


「了解です。氷人隊長に従います」

「そうこなきゃな。でも――」


 氷人の体が近づいてきたと思ったら、ベール越しに唇をトンッとつつかれた。


「喋る時は声に注意、な」


 唇に落ちた感触と、初歩的なことを忘れていた羞恥に夜風は震えた。と、腕時計を見た氷人の口から悪態が飛び出す。彼は夜風の肩を叩くと廊下を走り出した。


「ヘリの離陸まで十分もない! 走れ夜風! ヘリポートは屋上だ!」

「えー! 絶対氷人隊長の企みのせいですからね!」


 エレベーターホールとは別の奥まったところに二基だけ設けられたエレベーターは、氷人が社員証をスラッシュさせて呼ぶとまっすぐに昇ってきた。そのまま屋上まで止まることなく夜風と氷人を運んでいく。

 到着したヘリポートでは一機のヘリがすでにプロペラを回転させて待機しており、夜風は開け放たれたドアから氷人に背中を押され乗り込んだ。中には四人の隊員がシートベルトを締めて待っている。氷人は一番手前に座った隊員に向かって身を乗り出し、声を張った。


「副隊長。彼が今回他の隊から呼んだ助っ人の白夜びゃくやだ! 現場にはまだ不慣れだ。補佐を頼む! だが治癒師の腕は確かだ!」

「了解しました! 自分と組ませます!」


 部下を前にした氷人の雰囲気はがらりと変わり、怒声のように恐ろしくよく響く声で簡潔に話す。それに対し負けじと今にも掴みかかりそうな返事をした副隊長に気圧されていた夜風は、去り際ウインクを寄越した氷人になにも反応できなかった。

 プロペラがいっそう高くうなりを上げて回転する。あたふたとシートベルトを締める夜風に隊員たちの視線が集まっているのを感じて、噛み合わせがなかなかはまってくれなかった。

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