90 助っ人の白夜②

 二秒で前髪を整え、一秒でダイヤルの鍵を回し廊下に飛び出る。肩で息をする夜風に氷人は「おかえり」とのんきに笑いかけた。本当はポニーテールも少しくしでかしたかった、なんて女心は実動隊の男にはわかるまい。


「おー。サイズは思ったより悪くない、けど、んー。やっぱ小さいか。いや、新人くんの中にはこれくらいのやつも……」


 なにやらぶつぶつ言いながら氷人が頭からつま先まで見つめる夜風の服装は、彼とまったく同じエクラ社セキュリティ部門実動課の隊服であった。


「あ。そのかわいいポニーテールはまずいな。もうちょっとこう、地味めにできない?」

「なにか企んでますね。説明して欲しいんですけど」


 夜風はため息をつきつつ髪をほどいた。背中に流れるそれを手ぐしで整え、下のほうでひとつにまとめていく。


「いやあ、せっかくだから朝陽を驚かしてやろうと思って。だからちょっと男のふりしてて欲しいんだ。それに実動隊は男所帯だからまあ、そのほうが夜風も居心地悪くないかなって」


 まさか自分が実動隊の派手な制服を着る日が来ようとは夢にも思わず、夜風は改めて服を見下ろす。

 前部分はローレライよりもふんだんにあしらわれた金簿ボタンがピカピカ輝いている。後ろは二又の尾羽のような裾が垂れ下がっていて、腰の飾りひもといっしょにひらりと揺れる仕様だ。

 こんな服をまとったちょっと顔のいい若者がいたら、アイドルよろしく追っかけファンになりたくなる気持ちもわからないでもない。だが余りに余ったズボンの裾をがんばってブーツに押し込んでいる夜風では、まさに着せられている格好だ。


「さすがに無理ありません?」

「だあいじょぶ、だいじょぶ。だからほら、そのベールとゴーグルを用意したんだよ。ベールで口元隠して。そうそう、鼻に引っかける感じ。で、その黒縁ゴーグルをかければ――?」


 期待した目で見つめられて夜風はしぶしぶゴーグルをかけた。


「ユニセックス風隊員の完成!」

「……氷人隊長楽しそうですね」

「お。いいじゃん、その呼び方。夜風もノッてきた? 朝陽の驚く顔見たいでしょ」

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