88 緊急増援要請③
「ミー!」
その時上司のビクフィがザブンッと顔を出した。口にひもで繋がれた網かごをくわえている。夜風はハッと息を呑み、手をついてビクフィを呼んだ。
その網かごは夜風が仕込んだものだった。中には透明の精霊石を繋いだ数珠ブレスレットが入っている。精霊石は自然物から魔力を吸収し、溜めておくことができる石だ。日光や水にさらすことで溜まった魔力が青く輝く。
ビクフィから受け取った数珠はすべて深い海の光に満ちていた。
上司を介して会社から購入した新しい魔装具。それを昼も夜もアクレンツェの美しい水に浸し募らせてきたのはなにも、魔力だけではない。
誰かが目の前で怪我をしていたら放っておけない。そんな自分の性分に応えられる自分になるため、涙とバケツの水に濡れた金を注ぎ込んだ。
「氷人さん、連れていってください! 私はこのローレライ治癒団の制服を誇らしく着こなす私になりたいんです!」
「夜風……」
夜風が握り締める精霊石の腕輪から視線を下げた上司の横で、氷人は短く口笛を吹く。
「それ三十万はくだらない魔装具だな。いいね。その本気、ますます気に入った!」
そう言うや否や氷人は指をパチンッと鳴らした。すると大通りの水路からビクフィが駆け跳ねてくる。本社から乗ってきた氷人のビクフィらしい。ひと回り体が小さくメスと思われるその個体は、上司のビクフィをするりとかわして一目散に主の元へ身を寄せた。
「乗れ! 俺が戻らなくてもヘリの操縦士には飛び立つよう言ってあるんだ。急いで本社に戻って装備を整えなくちゃならない!」
「え、装備? わかりました……!」
ひと足早くビクフィに乗り込んだ氷人に急かされるまま、夜風も海獣のぽっこりふくらんだ背に飛び移る。氷人の肩に掴まったところでようやく午後の往診のことを思い出した。
しかし夜風が慌てて振り返ると同時に氷人は手綱を振り、ビクフィを発進させてしまう。
「夜風!」
診療所と並び建つ薬局屋との間に架かる橋まで走り寄った上司は、いつになく厳しい眼差しで遠ざかる夜風をひたと見つめた。
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