85 迷い②

 橋で野犬に襲われ毒と出血に苦しむ朝陽を、あの時は勢いと勇気だけで治療してしまった。だが、ダブル魔法の技術をちゃんと身につけ、確実に自分のものとすることができればもっと多くの人の助けになることができる。

 ――いや、魔装具が苦手な朝陽の力になりたい。それだけだった。

 しかし今の夜風には迷いがある。

 朝陽に夜風の淡い想いは届かなかった。それと同時に彼をもっと知り、近づきたいという目標にもかすみがかった。

 ダブル魔法はローレライ治癒団ではまず使う機会がない。同時治療が必要な時は治癒師の負担も考慮して複数人で分担しておこなうからだ。人材に余裕はないが、いざとなれば他の支部から応援も呼べる。危ない橋は渡らない。

 ダブル魔法の技術が重宝されるのは人材が限られ、融通も利きにくい高度な任務につく実動隊のような組織だ。だが、そこを目指した先に憧れた姿はもうない。たとえ同じ舞台に上がれたとしても、彼の隣には別の誰かがいるだろう。

 それでも自分は治癒師の志高く前に進めるだろうか。


「具体的なことはまだ……。とりあえず今は魔装具の技術をもっと磨きたいと思っています」

「素晴らしい! そのスキルアップ、ぜひ俺に手伝わせてくれ」


 突然、肩をぽんっと叩かれて夜風は目をまるく見開き振り返った。するとそこには青鈍あおにび色の髪をツーブロックに刈り上げた氷人が、長い前髪の向こうから夜風を覗き込んでにっこり笑っていた。

 彼の瞳と同じ深い青に染まるピアス型治癒魔装具がきらりと光る。


「氷人隊長!? なんでここに」


 白地にえんじの差し色が映える実動隊服を着た者がローレライ治癒団の休憩室に現れるという変事に、上司はイスをガタガタと鳴らして立ち上がった。ところが氷人は歩み寄ってくる上司を手で制して、夜風に裏口の扉を指し示す。


「今日はきみに用があって来たんだ。ちょっとそっちで話そう。彼女、少し借りますよ」


 やわらかい口調だったが、氷人の表情には有無を言わせない緊張感があり、返事も聞かずにさっさと裏の扉へ行ってしまう。

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