83 不可思議な野犬②

 重々しい空気から一変、オウムがまねる朝陽の声が妙に甘えたものになる。心なしかオウムまでもじもじと体を揺らしすり寄るような雰囲気をまといはじめて、氷人は気色悪さから目元をひくりと震わせた。

 これは別の意味で嫌な予感だ。


『うちの新人くんが四人ダウンしちまってんの。おまけに農家のほうにも負傷者三人ばかし出てる。氷人の衛生班動かして。というか毒が厄介過ぎるからお前が来てくれるとありがたいんだけど』


 確かに毒の治療は少々手こずる。止血と解毒を平行しておこなわなければならないためその技術を身につけた熟練の者か、分担できるだけの人数をそろえなくてはならない。

 すぐにでも駆けつけたい気持ちは山々だったが、氷人はもどかしくうずく眉根を掻いてうなる。


「それは無理だ。お前も知っての通り、こっちだって野犬にデモで連日警戒態勢。何人も隊長格をそっちに回せないよ。代わりに副隊長と衛生班半分貸してやるからそれで持ちこたえろ」

『……りょーかい。できるだけ早く頼む。それと犬種の特定も幅広く考えてつづけてくれ。人間が関わってることなら諸外国から持ち込まれた可能性も大きい』

「はいよ。任せてくれ。増援は二時間以内に送る」


 答えながら氷人は手早くファイルを掻き集め、棚に戻すのは後回しにして隅に避けておく。その横でオウムは「グアッ」とひと声鳴いて通信終了を知らせ、瞬く間に一枚の黄色い紙へと戻った。


「さあて、編成はどうするかな」


 ひらはら舞い落ちてきた黄紙をポケットに突っ込み、床から立ち上がる氷人の頭には部下たちの顔と能力が駆け巡る。

 その中にふと、異彩を放つ人物を見つけて氷人は関連記憶を呼び出した。自分が目をつけたばかりに、朝陽からも妙な絡まれ方をして困っていた水色髪の女性の姿はまだ鮮やかに覚えている。


「呼んでみるか? あいつも気に入ってたし」


 だがローレライ治癒団は訓練を受けた戦士ではない。一般民と変わらない女の子をいきなり危険な現場に連れ出すなんて強引だ。それに彼女の魔装具使いは一度見たきりで、まだまだ未知数な部分が多い。

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