79 終わらないで④
「水菜ってさ、サンドイッチにしてもうまいかな」
予想外の言葉に夜風は目を瞬かせる。朝陽は紙袋から水菜を一束取り出して、にっと笑った。
「自分でも作ってみたくなったんだ、サンドイッチ。料理はあんま得意じゃねえんだけど」
まずくて見た目も不恰好で、無理なお世辞を言わせることしかできなかったサンドイッチが、思いもしなかった形で朝陽の心を動かした。夜風は小さく息を呑み、思わず一歩詰め寄る。
「水菜は軽く水洗いするだけでだいじょうぶです! チーズとトマトとの相性がいいので、あとそこにハムも挟んだら絶対おいしいと思います!」
朝陽は目をくるりと上向けて頭で調理行程を想像している様子だった。やがて唇にあてた指の隙間からふっと息をこぼして、表情を明るくする。
「ほとんど挟むだけだな。俺にもできそうだ」
いたずらっぽく輝く目に、跳ねる声に、夜風はピンとひらめく。それは不思議な感覚だった。まるで朝陽の心と見えない糸で繋がったかのように、軽口で返してという気持ちがわけもなくわかる。
「失敗のしようがないですもんね」
せつな、きょとんと瞬いてまるく見開いた浅瀬色の目はしかし、好戦的に細められて夜風の言葉が違わず受け取られたと確信する。
「ビクフィに押し潰されなければ?」
軽口を軽口で返された。そう思った時には堪らなくなって、夜風の笑い声があたりに響き渡っていた。でもなんだか少し悔しさもあって「それはずるいです!」と言えば「なんのこと?」ととぼけられる。
そんな朝陽の口元にも抑えきれない笑みが浮かんでいるものだから、夜風はおかしくて仕方ない。ついついそばにあったたくましい二の腕を叩くと、朝陽は笑いながら大げさに痛がって治癒師を呼んだ。
それ私です、と言えばまた沸き上がるふたりの笑い声。
朝陽の欲しい言葉がわかる。朝陽も夜風の欲しい言葉をくれる。台本も予行練習もない、即興の寸劇がもたらす興奮と心地よさに溺れて酸欠状態だ。
だけどもっとここにいたい。
この時間が終わらないで欲しい。
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