77 終わらないで②
「俺、夜風ちゃんのそういうマジメなとこ結構好きだわ」
ハッと目をまるめ見上げると、彼は屈託のない顔で笑っていた。
夜風はやっぱり手を離して足早にリュックを拾いにいく。真面目さをからかわれたのではなく、純粋に好意的に受け取ってくれたのだと感じた。
けれどもう、それだけでは満足できない心を夜風は持て余す。ビク丸を呼び寄せて、跳ねるように駆けてきた体を抱きとめ、顔中にキスされながら笑う朝陽がまぶしくて仕方ない。夜風を手招いて簡単に隣を許してしまうやさしさに、錯覚を起こしそうだ。
ねえ、私でもあなたに手が届く?
やさしさでこの気持ちを掬ってくれるかな。
朝陽が手綱を引くビクフィの背に揺られ、夜風の心は波といっしょにふわふわと浮き沈みをくり返す。
ビク丸はいつでも預けられるからこのまま帰ろう、と朝陽は言った。はい、と返した夜風の気持ちを彼はきっとまだ乾ききっていない服や髪を見られるのが嫌だからと想像しただろう。
でも夜風の胸には、おだやかな
朝陽の広い背中から伝わる体温は夢のように心地よく、離れがたい。
こっそり額をすり寄せたい思いに駆られた夜風の耳にふと、鼻歌が聞こえてきた。見上げると少しかすれた朝陽の歌声に合わせて赤髪が踊っている。
その歌は数年前に発売されて、今でもこの時期になるとラジオやビーチで頻繁に流れる夏の定番曲だった。
弾けるようにはじまる前奏から終始アップテンポな曲調に乗せて、輝く太陽の下、
当時はドラマの主題歌にも使われていた。夜風はそのドラマを観ていてこの歌も好きになった。最近はもっぱら口にしなくなった歌詞が、朝陽の紡ぐメロディに引き出されて、重なる。
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