75 どちらかと言うと嫌い。でも③

 この気持ちを、好きって言うんだ。

 私は朝陽さんが、好き。


「ありがとう、夜風ちゃん。そんな風に思ってくれてすげえうれしい。まだまだ素敵な実動隊隊長様でいないとな」


 朝陽は軽やかに身を起こすと、ビク丸に叩かれて乱れた髪を掻き上げ口端に微笑みを浮かべた。

 その言われ慣れたような礼の言葉と、計算され尽くした完璧な笑みに、夜風の心は針で穴をあけられたかのように急速にしぼんでいく。浮力を失って重くのしかかる胸を握り締め、うつむいた。

 そうだ。彼はみんなから好かれる憧れの的だ。仕事を抜け出すくらい会いたがるファンがいる。誰かを蹴落としてでも隣を奪いたい愛に想われている。夜風から見れば賢くておしゃれで心も美しい完璧な鏡花きょうかでも、周囲のやっかみを買った。

 ましてや田舎出身の能力も頭脳も平凡な野暮ったい娘では釣り合うわけがない。それを一番わかっているのは顔も名前も知らない取り巻きの女の子たちではなく、夜風自身だった。

 朝陽は自分とつき合って楽しめるか?

 わからない。

 自分といて幸せになれるのか?

 そんな自信はない。

 ただひとつ確かなことは、夜風よりも才色兼ね備えた女性はごまんといて、魅力的な朝陽なら強く美しく輝く星々に容易に手が届くということだ。わざわざこんなくず星を選ぶことはない。


「もちろんです。私これからも朝陽さんのこと応援してます」


 気づいたばかりの想いにふたをして、夜風はぎこちない笑みを見られる前に立ち上がる。心にかかった霧を払拭するように手を組んで伸びると、南から渡ってきた風に背中をそっと押された。

 ふと、視界の端にくるくる転がっていくものを見つけた。夜風はまさかと思って走り出す。もう少しで湖に入りそうなところを捕まえてやれば案の定、紙袋にはパンの包み紙や飲み物のパックなどのゴミが入っている。

 こんなに美しい湖を目の前にしても平気で汚せる人がいるのかと、夜風は信じられない気持ちで紙袋をまるめながら朝陽の元に戻った。


「それ、ゴミだった?」

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