74 どちらかと言うと嫌い。でも②

「夜風ちゃんはさ、素の俺のことどう思う?」


 タイミングを見計らってから投げかけられた質問に夜風は納得する。

 朝陽もトイレで受けた嫌がらせを思い出していたのだ。ずぶ濡れの格好が嫌でもあの時を彷彿ほうふつとさせる。

 ふと夜風は心配になった。

 こんな私といては彼に気を使わせるばかりで楽しめないんじゃないだろうか。


「私、朝陽さんのこと苦手でした。いえ、どちらかと言うと嫌いなタイプです」


 きっぱり言い放った瞬間、朝陽は心臓を押さえて昼寝をするビク丸に倒れ込んだ。びっくりして飛び起きたビク丸に思いきりひれで叩かれる様を、夜風はゆったり眺める。

 もうお互いわかりきっていることだ。本気の拒絶を示す声も目つきも空気も。それを読み間違える彼ではない。


「だってすごく軽くて、馴れ馴れしいんですもん。俺、女の子のこと完璧にわかってるから、みたいな自信が鼻につきますし強引だし。かと思えば下手に出て子犬ぶるところも計算高くていやらしいですよ」


 だから夜風はあえて容赦なく思いつくままに言った。朝陽は愛ビクフィから高速ひれ打ちを後頭部に食らった挙げ句、逃げられて顔面が芝生に埋まる。

 夜風は避難してきたビク丸の首筋を叩いてなだめ、緑に散らばった赤毛をじっと見つめた。


「だけど、もうひとりのあなたを知った時、一面だけを見て判断していた自分を恥じました。朝陽さんは痛みも苦しみも知りながら今笑ってる。真に強くてやさしい人です。私はあなたのようになりたいと思いました」


 華やかな赤髪を隠すように編み込んで、浅瀬の海の底に光も届かない深い空洞を秘めたその目にまた触れたい。けれど、今日も近づけなかったもどかしい距離に、夜風は切なる願いを込めて紡ぐ。


「あなたのこと、もっと知りたいんです」


 声に出してみたらあっけないほど簡単に腑に落ちた。

 私はこの人の明るさに憧れている。バカにされた過去から這い上がってきた努力を尊敬している。断りのないキスや強引な誘いに戸惑いながら、強さと脆さ、ふたつの面を併せ持つ心に惹かれていっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る