72 思い出のサンドイッチ⑤
夜風は目頭に込み上げてきた熱をぐっと拭い去る。リュックからおしぼりのタオルを取り出して軽く絞り、サンドイッチで両手が塞がっている朝陽の代わりに口元を拭いた。
「ありがとう」
ちょっと照れくさそうに言う朝陽に夜風はきっぱりと首を横に振る。
「お礼を言うのはこちらのほうです」
おしぼりを握り締めながら伝えたお礼は、声が震えて少しかすれた。
夜風も朝陽と並んでタマゴサンドに口をつけてみた。けれどやっぱりお世辞にもおいしいと言えるものではなかった。
津波に呑まれた時、ラップだけでは水を防ぎきれなかったのだろう。パンはじっとりしているし、具材は水分が多く味も流れてしまっている。タマゴサラダにたまごのカラは入ってないと断言できるが、父のサンドイッチよりずっとひどいものだった。
それでも朝陽は六つあったサンドイッチを四つ平らげ、ひとつをビク丸と分け合った。パンと野菜ならビクフィでも食べられるそうだ。照り焼きチキンサンドの肉を抜き取ったものを、ビク丸は待てとお手の芸を見せてくれながら喜んで食べてくれた。
無垢なビクフィのむさぼるような食べっぷりは疑いようもなく、夜風の顔にも笑みが浮かぶ。その口元にたまごついてる、と朝陽に指摘され慌てておしぼりを手に取った。が、ふと思い留まる。
これって間接キスじゃ……。
だいたい朝陽とはもう二度もキスしてしまっている。それがあいさつなのかいたずらなのか夜風には図りかねるが、どちらにせよ軟派な朝陽にとって深い意味はないことだけは確かだ。
間接キス程度、いちいち気にするなんてバカらしい。
「あれ。でも待って……」
夜風は口を押さえて記憶を
今さらながら憧れが叶ったと気づいてドクリと逸る心を深呼吸で抑える。
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