71 思い出のサンドイッチ④

 バッグが地面に落ちてビク丸はますます勢いづき、ぼこぼこと形を変えながら中を漁る。

 ハッと我に返った夜風がビク丸の長い首にすがりついた時には、口にくわえられたものがぽとりと朝陽のひざに落とされていた。二度のビクフィ飛びつきに耐えかねてぐしゃりと潰れ、津波で水に浸ったサンドイッチ、だったものだ。


「ビク丸ちゃんダメだよ! もうそれ食べれないから……!」


 また頭を入れようとするビク丸から保冷バッグを遠ざける。

 ラップでぐるぐる巻きにしてきたお陰で中身が飛び散ることはなかったが、照り焼きソースとタマゴサラダがラップをべたべたにして、細かなキャベツやにんじんがほとんどパンからはみ出していた。

 食べようとしてもぼろぼろのべたべたで不快感しか与えないだろう。こだわった見映えといっしょに味もめちゃくちゃになったに違いない。

 できれば朝陽の目にも触れさせたくなかった。ビク丸がいたずらしないように保冷バッグをリュックに押し込んだ夜風は、朝陽のひざに落ちたそれも回収しようと目を向ける。だがサンドイッチがない。


「うっまー! この甘辛ソース俺の好きな味だ! 店に並んでても全然いけるレベル! やっぱ夜風ちゃんは料理うまいなあ」


 崩れる具材に悪戦苦闘し、飛び散ったソースで口の周りを汚しながら朝陽はサンドイッチにかぶりついていた。輪郭がまるくなるほど頬張っておいしさを噛み締めるように目を細める。そうしている間にも手に次々と落ちてくる具材やソースまで、もったいないと言わんばかりに舐め取る。


「朝陽さん、そんな、無理しなくても……」

「ん? 夜風ちゃん食べないの? じゃあ俺が全部もらうから出しといて」


 夜風が戸惑っているうちに朝陽は大きな口で最後の欠片を食べきってしまった。ちょうだい、と笑顔で差し出された手を夜風は拒めずタマゴサンドを渡す。

 まとまりのないタマゴサラダはさっきよりも明らかに食べづらいのに、朝陽は手が汚れるのも嫌がらず「マスタードが効いてておいしい!」と笑った。それは子どものように無邪気な笑みだった。

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