70 思い出のサンドイッチ③

 たっぷりの千切りキャベツに、マヨネーズで和えたタマゴサラダ、カリッと焼いたベーコンを一枚挟んで、隠し味にパンにハニーマスタードを塗っておく。このタマゴサンド一種類だけだった。

 今思えばもう一種あってもよかっただろうと思うが、不思議と父のサンドイッチはおいしかった。時々タマゴサラダにたまごのカラが入っていることもあったのに、嫌になったり飽きたりした記憶はない。

 今回夜風はその思い出のタマゴサンドの他に、甘辛ソースの照り焼きチキンと細切りにしたにんじんとスプラウトを紫キャベツで挟んだサンドを用意した。

 朝陽の期待の眼差しを感じながら、まずレモネードが入った水筒を取り出す。そして保冷バッグを芝生の上に置いた夜風は、チャックを開けて中を見たとたん閉じた。


「朝陽さん、やっぱりなにか買って食べましょうか」

「えー!? なんで!? なんか遠い目してるよ夜風ちゃん!」

「いえ、作ったんですけど、家に置いてきちゃったみたいで」

「中身だけ!? そんな器用な忘れ方ある!?」

「とにかく、お弁当のことは忘れてください」


 すみません、と言って夜風は保冷バッグを引っ込めようとした。しかし朝陽の手がそれを止める。


「もしかして水で濡れてるとか? いいよ、それくらい。気にしない」


 濡れた前髪の向こうから真摯しんしな目で告げられてドキリとする。だが夜風は首を横に振った。保冷バッグの口を握り締めて引き寄せる。


「ダメです。こんなの朝陽さんに食べさせられません」

「いや、食べる。夜風ちゃんが作ってくれたものならなんでも食うよ」


 またそんな戯れを。

 朝陽の言葉に夜風は心までぐっしょり濡れたかのように冷たくて重たい気持ちになった。出会う女の子みんなに言っていることだ。あるいはこれが、朝陽がみんなから好かれる明るさなのだ。

 わかっていても、うれしいと思ってしまう裏腹な心が指の力をほどいていく。

 その時「ミー!」と歓声を上げてビク丸が身を乗り出してきた。と思ったら、保冷バッグの隙間に頭をずぼりと突っ込んだ。あまりの力強さに夜風も朝陽も手を離してしまう。

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