69 思い出のサンドイッチ②
自分の混乱っぷりがおかしくて、自業自得で津波に呑まれたふたりが最高にまぬけで噴き出さずにはいられない。追いかけられた恐怖も助かった安堵も、全部ごちゃごちゃになって夜風は腹を抱えて笑った。
「信じらんないっ! カエルと追いかけっこって、大き過ぎるし!」
「夜風ちゃん? そんなおもしろかった……?」
「怖かったですよ!」
夜風は砂混じりの芝生に手をつき、まったく力の入らない拳で朝陽の肩を叩く。そのまま寄りかかり、ヒクヒクと笑いの収まらない腹に身を震わせた。
「でもあんなに大声で叫んだのも、痛くなるくらい手綱を引っ張ったのもはじめて! 怖かったけどでも、すっごくドキドキしたんです!」
朝陽は数瞬、まるく見開いた目で夜風を見つめた。だが、ふとこぼした吐息とともに頬をゆるめてへらりと笑う。
「実は俺も怖かった。めちゃくちゃドキドキした」
その告白に夜風はまた腹の底をくすぐられて噴き出し、朝陽もつられて笑い声が弾ける。主人とその友人の楽しげな声に体を揺らして喜ぶビクフィに見守られながら、静かな湖にはしばし夜風と朝陽の笑い声が絶えなかった。
「あー。笑ったら腹減った」
でもどうすっかなあ、と朝陽は濡れた服を見てぼやく。確かにびしょ濡れでは本館にあるレストランに入れない。軽食をテイクアウトしても人にじろじろ見られそうだ。
こんな事態を想定していたわけではないが、夜風はそばに置いてあった自分のリュックを引き寄せ「おっほん」と気取った咳払いをする。朝陽とビク丸がそろって振り向いたところでリュックを開けた。
「実は私、お弁当を作ってきてるんです!」
「おお! マジ? 夜風ちゃんさすが!」
ビクフィファームに来たらお昼は見晴らしのいいところで敷物を敷いて、父が作った弁当を食べる。それが夜風の家族のお決まりだった。
父は普段から料理をするわけではないが、出かける時だけははりきって台所に立つ。そんな父が作れる弁当といったらサンドイッチくらいだったが、夜風も母もいつも楽しみにしていた。
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