66 追いかけっこ?④

 あえて片側に寄って相手を引きつけておく作戦だ。さすが実動隊隊長。判断が早い、と思わなくもなかったが、夜風はゆるみそうになった表情を引き締め直す。

 まだ油断はできない。岸までは距離がある。夜風は覗き込んできた朝陽の笑顔を「邪魔です」と押しやった。

 しばらく、朝陽の作戦でカエルの舌を避けていると後ろが静かになった。夜風はやっと振り返る勇気が出て目を後方へ向ける。水深の浅いところまで来て、体が半分ほど水から出た巨大カエルの動きが止まっていた。

 夜風はそうかと合点がいく。泳ぎにくくなったから諦めたに違いない。安堵の息をついた夜風はカエルのもうひとつの特技をすっかり失念していた。


「やばいやばいやばい。ビク丸! 全速力で逃げろ!」

「え……きゃっ」


 気を抜いていた夜風はビク丸の急加速についていけなかった。思わず手綱を離してしまい、朝陽にもたれかかる。慌てて身を起こした夜風は朝陽の肩越しに、低い姿勢を取る巨大カエルの姿を見た。あっと思った時には白波を蹴立てて巨躯が消える。

 中天の太陽を遮るヌシの大跳躍に、夜風は悲鳴を上げながら夢中で朝陽の首にしがみついた。


「そのまま掴まってろ!」


 腰に回った朝陽の腕が力いっぱい抱き締めるぬくもりを感じながら、夜風は巨大カエルと湖面が衝突する瞬間目を閉じた。

 破裂音が耳をつんざく。間髪入れずどしゃ降りの雨音が夜風と朝陽に襲いかかった。すんでのところでヌシの下敷きになることは免れたものの、ビク丸は巨体が生み出した津波に押し上げられる。

 夜風は浮遊感に包まれた。そのまま朝陽と引き離されそうな恐怖を感じて必死に彼の服を握り締めた。それに応えるように朝陽の手が後頭部に回り、強く抱え込む。直後、水音が鼓膜を打って夜風は息ができなくなった。

 驚いて目を開けるもぼやけてなにも見えない。苦しさと恐怖から夜風はもがく。早く水面に出て息を吸わないといけないのに、なんで腰に絡みついたものは取れないんだろう。

 半狂乱となり自分を拘束するものに爪を立てた時、唇をやわらかいものが塞いだ。

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