61 ビク丸に乗って②

 そういえば重そうな荷物が乗った舟を牽引けんいんしているところを見たことがある。と、子どもの時とはまた違う視点でビクフィの魅力に気づく夜風を前に座らせ、朝陽は後ろから手綱を引いた。

 気づけば朝陽のひざの間にすっぽり収まる形だ。右を見ても左を向いても朝陽の腕に囲われ、背中から彼の体温をじわりと感じる。夜風は居た堪れなさから、前に持ってきたリュックを抱き締めた。

 意識しないように話題を急いで探す。


「あの、ビク丸って朝陽さんがつけたんですか」

「そうそう。こいつの目の下にさ、左右黒い丸がついてるんだよ」


 朝陽が手を伸ばしてひらひら動かすとビク丸が振り返った。確かに目元にはホクロのような黒い点がちょんと入っている。


「だからビク丸!」


 夜風は心なし身を離して首をひねった。最初に聞いた時も思ったが、由来を知ってますます微妙という感想を捨てられない。


「あれ、なにその反応。怒らないから正直に言いなさい!」

「もうちょっとなにかあったと思うんですよ」

「正直過ぎ! ええー。氷人ひょうどからも『お前のネーミングセンス謎』って言われたんだよなあ」


 頭上から大きなため息が降ってきて夜風はくすくす笑う。


「氷人さんが言うなら間違いなさそうです」

「なんであいつの信頼度高いの。手綱、夜風ちゃんに任せちゃおっかなあ」

「え。あ! 朝陽さん!?」


 言うや否や朝陽はパッとビク丸の手綱を放した。そうとは知らず、ビク丸はすいすいとまっすぐ入江の出口に向かっていく。このままだと外洋に出てしまう。そもそもどこへ行こうとしているのか。

 夜風は焦りながら手綱を掴み上げた。だが左右に朝陽の腕がない。その行方を追って振り返ると、のんきにも景色を楽しむ赤頭を支えている。


「朝陽さん、手綱手綱! ビク丸ちゃんどっか行っちゃいますよ!」


 すぐ向き直った朝陽に安堵したのも束の間、この入江のように美しい目がいじわるに微笑む。


「夜風ちゃんやってみなよ」

「ええ!? ムリムリムリ! やったことないですもん!」

「簡単だって。すぐできる」

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