60 ビク丸に乗って①
「男より女の子のほうがそういう目で見られやすいんだから、これくらいやって当然。遠慮するところじゃないって。夜風ちゃんの気遣いはうれしいけどな」
語尾にウインクを添えて茶化したが、朝陽の声は存外真面目なものだった。夜風は返す言葉もなく、大人しく袖に手を通して残りのボタンを朝陽から引き継ぐ。
余った袖が邪魔でやりにくく、袖口のボタンも閉めようと思ったらもう閉まっていた。なのに二の腕までまくり上げてもきつさを感じない。見れば裾はキュロットまですっぽりと隠れるほど長く、肩の位置が合わずにずり落ちてくる。
「朝陽さんが着てた時はぴったりだったのに……」
夜風は指先が辛うじて覗く自分の手をしげしげと見つめ、男性はやっぱり大きいんだなあと感心した。瞬間、耳がボッと火照る。
「夜風ちゃんそろそろ行ける?」
「な、なんスか!? 自分なんも考えてないっスよ!」
「急に体育会系!?」
と、驚きつつけたけた笑う朝陽はビク丸の背にいた。桟橋から覗き込むと、ビク丸がぴたりと身を寄せてきて大きな黒目で夜風を催促する。その眼差しについ怯んだ夜風の手を、朝陽が掬い上げた。
「どうぞ。プリンセス」
気取った仕草で胸に手をあてる彼は、泥酔していた時も夜風をそう呼んだ。記憶も飛ぶほど酔っていたのに、
夜風は素直に手を借りてビク丸の背中にそろりと足を置いた。すると白い肢体がわずかに沈んでちょっと怯む。しかし朝陽の手は、だいじょうぶだと言うように力強く握り返してきた。
けろりとしたビク丸の顔を見て夜風は今度こそこぶ型の背に体重を預け、桟橋から足を離す。朝陽の手がしっかりと腰を引き寄せてくれた。
「すごいですね、ビク丸ちゃん」
最後にビクフィに乗って遊んだのは十歳くらいの時か。あの頃よりずっと大人になった自分を軽々受けとめてしまう海獣に感心しながら首をなでてやると、腹部と違って短毛の下は硬い筋肉に覆われていた。
「ビクフィで移動販売とか引っ越ししてる人もいるからな」
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