59 モテモテ夜風③

 ザプンッと水音が立ち、海面からビクフィが飛び出してくる。

 なにこのデジャヴ。

 陽光を塞ぐ、先ほどよりも明らかに高い大ジャンプに、夜風は魅惑のビクフィ腹を喜ぶ余裕もなく押し潰された。


「朝陽さあん。助けてくださあい……」

「ん? うわっ! こらっ、ビク丸! 飛びつきメッ! 離れろ」


 目を覆っていて反応が遅れた朝陽に助け出された時には、夜風は再び濡れねずみへと逆戻りしていた。絞ったタオルでなんとか水気を拭う夜風の横で、朝陽は興奮するビクフィに手綱をつけようと格闘している。


「ビク丸ってその子、朝陽さんのビクフィですか?」


 名前に反応したのか、ビクフィはすべすべの体で朝陽の腕をすり抜けまた夜風に飛びつこうとした。だが、すんでのところで綱がぴーんと張り、ビクフィはそれ以上進めなくなった。

 それでも「ミーミー!」とうれしそうに鳴いてひれをパタパタ振る海獣に、朝陽はため息をつく。


「そう。俺のビクフィ人懐っこいって言われてるけど、これはすごいな。夜風ちゃん水菜すいさいでも隠し持ってる?」

「持ってないですよ!」


 ビク丸から距離を取りつつ即座に否定したものの、飛びつかれるのも二度目となるとちょっと心配になった。

 家には玉響からお裾分けされた水菜が置いてある。まさかそのにおいが服に染みついたのではないだろうか。ちょっと嗅いでみたが磯のにおいしかしなかった。


「ごめんな。とりあえずこれ羽織ってて」


 ビク丸を海に転がし落とした朝陽は、上着を脱いで黒のタンクトップ姿になると青いシャツを夜風に差し出す。夜風は思わず隆起した二の腕や鎖骨に目がいってしまい、慌てて体ごと目を背けた。


「だいじょうぶです。タオルあるし、今日は天気いいのですぐ乾きます。朝陽さんこそ自覚なさってください……!」

「なあに。俺にドキドキしちゃう?」


 楽しげな声が耳に吹き込まれた時には、夜風の肩をシャツがそっと包んでいた。ハッと振り返った夜風の視線をしなやかにかわして朝陽は前に回り、下からせっせとボタンを閉めていく。

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