58 モテモテ夜風②

 手のひらで軽く弾いてみると、モヨンッムニンッとした感触が返ってくる。これはまさしく水まんじゅうか。いやいや。やわらかいゴムボールに空気ではなく水を入れた感触に近いかもしれない。


「ビクフィのお腹がこんなにやわらかいなんて知らなかった!」


 気づいた飼育員が慌てて駆け寄ってくるまで、夜風はビクフィのモヨンモヨン腹を堪能した。


「ちょっと目を離した隙に海入りましたかってくらい濡れてるのなんで? だいじょうぶ?」

「だいじょうぶです! 私は今とっても幸せです!」


 片手にひものようなものを携えて戻ってきた朝陽は、胸から下がずぶ濡れになった夜風を見て目を点にした。しかし当の夜風は手のひらに残るビクフィ腹の感触に浸り、恍惚状態だ。

 そこへタオルを持ってきて何度も謝る飼育員に対しても、夜風は「むしろありがとうございます」と言って余計に相手を困惑させた。


「まあ、夜風ちゃんが楽しんでるならそれでいいんだけどよ」


 そう言いながら朝陽はそそくさと戻っていく飼育員を見やる。一度こちらを振り返ったその視線から隠すように夜風の前に立った。そしてタオルをさっと取り上げ、夜風の体を覆いながら手早く拭いていく。


「夜風ちゃんは女の子なんだから、視線とか気にしなきゃダメだぜ」


 なんのことかすぐに理解したが、夜風は首をかしげた。


「透けてはいませんでしたが」

「それでもだ。濡れると服が張りつく。それで強調される体のラインにも男は目がいっちまうのよ」

「も、もしかしてさっきの飼育員さん見てましたか」

「見てた。ように見えた。だから気をつけてくれよ。俺のためにもな」

「朝陽さんも見たってことですか!?」


 夜風はタオルをひったくり、体を隠しながらあとずさる。朝陽は両手で目を覆って「見てない」と笑ったが、それこそ見え見えの嘘だ。


「最低です! 見ないでください!」

「だってさっきまで丸見えの見放題で、だから俺が――」

「わああ! い、言わなくていいです!」


 無知だった羞恥も合わさり、夜風が思わず大声で朝陽の言葉を遮った時だった。


「ミー!」

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