55 ビクフィファームデート③

「朝陽さん、今日は全部割り勘ですからね。帰りのバス代は私が支払います」


 これはデートをすると決めた時から夜風が自分に課したルールだった。いきなりチケットを先に買われてしまったこともあり、夜風は一歩詰め寄って意気込んで言う。


「え、そんなこと気にしなくていいぜ? 夜風ちゃんに楽しんでもらえるなら惜しまないって」


 朝陽は心底不思議そうな顔をした。夜風を珍しいもののように映す目にはわずかに困惑の色も浮かんでいる。


「いえ、決めたことなのでゆずれません。今日は朝陽さんにも楽しんでもらうんですから。でなければお礼になりません」


 言ってから自分の言葉に不安を覚えた夜風は、首をひねってちょっと視線を下げた。


「私に朝陽さんを楽しませられるかわからないですけども……」


 言葉にするとますます心配になってきて眉間にしわが寄る。遊び慣れたあの朝陽を楽しませる? どうやって? と真剣に悩みはじめた夜風の耳に、噴き出す朝陽の笑い声が飛び込んできた。


「夜風ちゃんてほんとマジメおもしろい子だね」

「別におもしろいこと言ってませんが」


 そう言うと朝陽は腹を抱えて手すりに突っ伏した。なんだかわからないが大ウケである。夜風は少しムッとして朝陽をにらんだ。

 彼がひくひくと笑う度に長く伸ばした襟足の髪がさらりと背中を滑り落ちていく。これが素の俺だと打ち明けられた時、それはきっちりみつあみに結い上げられていた。だから夜風はなんとなく髪型で朝陽は公私を分けているんじゃないかと思った。

 背中に残ったひと房を掬い上げる。それは子犬の毛のようにやわらかくて、くるりと夜風の指に懐いた。

 今日の朝陽は実動隊服を身にまとった時と同じ、ハーフアップの髪型だ。堂々と華々しくあれ。今、夜風の目の前にいるのは、エクラ社長が提言する理想のみんなの実動隊員だった。

 今日はみつあみで来てくれるかもしれない。心のどこかで期待していた夜風はにわかに寂しくなる。


「私の前では、素の朝陽さんでいてくれても構いませんよ。幻滅したりしません。むしろ私は……」

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