52 ほどけた誤解⑤

「わかった、わかったよダーリン。それじゃ詳しいことはいつもの手紙で決めような」


 ねこならぬ犬かぶりをやめて、朝陽は調子よくイスを寄せて肩を組んでくる。その軽薄な笑顔を押し返す自分の手を見て、夜風は思い至ってしまった。

 朝陽はお調子者だが、相手が心から嫌がることはしない。非があればすぐに謝る。機敏に聡く、線引きをわかっている人だ。

 夜風の手に首筋を限界まで伸ばされても肩に回った手を離さないのは、この心を見透かされているからだ。だって朝陽はもう夜風の本気の拒絶を知っている。


「……私より、私の心を知ってるなんてずるいですよ」

「え、なになに? 夜風ちゃんなんて言ったの」


 無邪気なふりして心の隙間に難なくすり寄るのが上手い小憎たらしい赤犬の額を、夜風は指で軽く突いた。


「わかりました。でも街中じゃぜっったいにデートしませんからね!」

「ねえ夜風ちゃんマジで誰に狙われてんの?」




 それから数週間後、互いの休日が重なる日に朝陽とデートすることが決まった。


「今日の服、我ながらに完璧」


 夜風は玄関前の姿鏡に映った自分の格好に満足していた。小花とレースがあしらわれたチュニックでデートの場に相応しい華やかさを演出しつつ、ボトムはキュロットに七分丈のレギンスを合わせた色気皆無、鉄壁の構えだ。

 これにリュックとハイカットスニーカーを足して、男友だちとちょっと遊びにいくだけです感をさらに強調する。

 夜風は最後に手にしたリボン型のヘアカフを見て、いつものポニーテールにした髪を触った。ヘアカフは結ったところに差し込むだけで簡単におしゃれができる髪飾りだ。


「うん、まあ……いいかな」


 鏡花がつけていたのを思い出して勢いで買ったが、いざとなると心がしぼんでしまった。本当は髪型も変えようかと考えたのだが、結局ポニーテールに落ち着いている自分がいる。


「あなたはポニーテールが似合ってるよ」


 鏡の中の自分につぶやいて、玄関を出た。

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