51 ほどけた誤解④

 ふいに、朝陽はじっと夜風を見つめた。その眼差しがいつになく真剣なもので、夜風はそわそわと落ち着かなくなる。


「俺のこと嫌ってないならぜひデート受けて欲しい。俺を助けると思ってさ」


 浅瀬の海を閉じ込めた双星に捉えられたままささやかれて、夜風は胸元の服を握る。星の引力に導かれるように視線を逸らせなかった。


「その助けるっていうのは……」

「夜風ちゃんにお礼しなきゃ気が済まないんだ。ずっと気に病んじまう」

「でもお……あのお……」


 あなたの後ろにいるガチ勢が怖いんです。と夜風はのどまで出かかった。けれど熱狂的ファンの存在は朝陽の非ではないし、それを理由にすると彼は今後、人を誘いづらくなってしまうかもしれない。

 そういえば食事も断ってしまっているんだ、といらぬことを思い出し苦笑う夜風の手を、やさしいぬくもりが包んだ。


「デート、素敵じゃない。お受けになったら?」


 玉響の声はまるで自分が誘われたかのようにうきうきと弾んでいた。歳を重ねても楽しむ心を忘れない玉響が時々まぶしく映る。そんな彼女の笑顔を見ていると夜風の心も澄んでいくのだから不思議だ。


「夜風もデートで朝陽さんを楽しませてあげたらいいじゃない」


 そこまで言って玉響は夜風を手招いた。素直に身を寄せると、ちっとも老いを感じない玉響の透き通った声が耳をくすぐる。


「それにね、好意は素直に受け取っておくものよ」


 朝陽の気遣いのことだと思ったが、身を離してますます深まっていく玉響の笑みに耳を熱くする。


「そういうのじゃないですから! 朝陽さんはただの職場の人です!」

「えー。毎日手紙のやり取りしてるのに?」

「やり取りじゃなくてあなたが一方的に送ってくるだけです! 玉響さん信じやすいんですから、紛らわしいこと言わないでください!」


 夜風がすかさず噛みつくと、朝陽は端正な顔をくしゅりと歪めて豪快に笑う。この程度、彼のよく動く口にかかれば言葉遊びの範囲だ。

 しかし玉響は仲むつまじい犬の毛繕いし合う姿でも見たかのような目をしている。朝陽の発言で間違った確信を持たれたことを夜風は悟った。

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