50 ほどけた誤解③

「うそだろ、俺。最悪だ。そんなことも知らないで……」


 なぜだか朝陽が必要以上に衝撃を受けているように見えて、夜風は慌てた。


「あの、いいんです! 酔っ払った朝陽さんに私、他の酔っ払いから助けてもらってるんです」

「え。そうなの?」


 ハーフアップにした髪を掻き乱す手を止めて、朝陽は目をまるくする。しかしすぐに視線を逸らしたかと思うと顔をしかめた。


「いやそれにしたって……」


 それでも納得いかないなにかがある様子の朝陽に、夜風は首をかしげる。眉間を押さえ思い悩む朝陽の名前をそろりと呼んだ時だった。


「よし、決めた!」


 朝陽は突然声を上げた。勢いよく起き上がった頭にびくりと震えた夜風の肩を掴まえて、ずいと身を乗り出してくる。


「お詫びにデート一回、ってのはどお?」


 夜風は目をぱちくりさせた。へらりと表情を崩して朝陽はつづける。


「というか、お願いします。俺とデートして欲しい。夜風ちゃんをうんと楽しませるから」


 お願い! と最後は両手を合わせて拝まれる。この時ようやく夜風の脳は言語処理に成功し、絶叫を上げろという指令を下した。


「私まだ死にたくないですからあああ!」


 ぎょっとする朝陽の顔と心配げな玉響の眼差しに気づき、夜風は我に返る。それでも朝陽とデートなんて考えられなかった。そんなことをしたらバケツ一杯の水では済まされない。


――夜道には気をつけなさいよ。


 にわかに鏡花の声がよみがえる。仕事帰り、背中からグサリと刺されて倒れる自分の姿がありありと目に浮かんだ。


「えっと……。夜風ちゃんて誰かから命狙われてる? それとも死ぬほど俺とのデートが嫌ってこと……?」


 うつむいた朝陽の頭に今度は垂れた犬耳が見えて、夜風はその幻影ごと頭をぶんぶん振った。


「そういうことではないですけど、私には構わなくていいです。野犬の時もトイレでも助けてもらいましたから」


 そう言うと朝陽は不思議そうな顔をした。かと思うと神妙に眉をひそめ、あごに手をかける。気にし過ぎるのも逆に重いだろうか。朝陽は実動隊員だ。人助けは彼にとって当たり前のおこないだろう。

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