49 ほどけた誤解②

 玉響の大海なる慈愛と朝陽の犬属性に、夜風の食い意地と迷いはあえなく浄化された。




「うまー! なんだこの絶妙な甘辛味! 箸が止まらねえ! たまごとの相性も抜群だな!」


 朝陽はそこにいるだけで華やかな人だった。小皿に具材を乗るだけ乗せて掻き込む様子は、上品とは言いがたい。けれども、とても気持ちがよかった。まだ一回しか作ったことがないのに、すき焼きを得意料理にしてもいいかも、なんて夜風の心を浮かれさせる。

 玉響もまるで食べ盛りの幼い孫を見るような目で朝陽を見つめ、終始にこにこと笑顔を絶やさない。その目尻に深く刻まれたしわを見て、夜風は暖かい気持ちに包まれた。


「あ、やべ。夢中になってすっかり忘れてた」


 夜風にとっては料理人冥利に尽きることをつぶやいて、朝陽は慌てて箸を置いた。そして足元の紙袋を持ち上げる。


「玉響さん、遅れてすみません。これ先日お世話になったお礼です」


 菓子折らしきものが入った紙袋を見て数瞬、玉響は首をかしげていた。しかし「ああ」と思い出した様子で表情をほころばせる。だが玉響はお礼に手を伸ばさなかった。


「あなたがお酒を飲んで寝ちゃった時のね。でもね、朝陽さんを助けたのは私じゃなくて夜風なのよ」

「え……」


 驚く朝陽の声を聞いて、夜風はお茶をすすっていたマグカップに顔を伏した。

 助けたというよりは、熟睡する朝陽を引きずって外から屋内へ移動させただけだ。でも、ひとり暮らしの下宿に男性を上げるのは不安で、玉響の玄関先を借りてその晩は夜風もいっしょに泊まらせてもらった。

 むしろ救ってもらったのは夜風のほうだ。チンピラに絡まれた時も野犬騒動の時も、朝陽がいなかったらどうなっていたかわからない。

 朝陽としても夜風に助けてもらったという認識だったからついお互い様かと片づけていたが、玉響の口から改めて言われると菓子折を持ってくるべきは自分のほうな気がしてきた。

 特別手当てで高額商品買ってる場合じゃなかったかも、と苛まれる夜風の耳に朝陽のうなる声が聞こえてくる。

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