48 ほどけた誤解①
「へえ。ここ夜風ちゃんの下宿なんだ」
立ち話もなんだから、と夜風よりも気が利く玉響に招き入れられて朝陽は敷居を跨いだ。そうして、しげしげと部屋を見回した目は最後に鍋を見て止まる。
「これなんて料理?」
アクレンツェでは珍しい異国の郷土料理は、赤毛のわんこの異名を持つ朝陽でなくとも興味をそそられるだろう。話の行き着く先を察した夜風はついどもった。
「す、すき焼きです」
「へえ、スキヤキ。はじめて見たなあ」
「朝陽さんもよかったら召し上がっていって」
夜風は額をテーブルに打ちつけた。夕立が降ったら夜風の洗濯物も取り込んでおいてくれる玉響が、ここで朝陽を誘わないわけがなかった。
「いやでも、お礼をしに来てごちそうになるのは悪いです」
「そんな遠慮なさらないで。私たちじゃ食べきれないくらいお肉あるのよ。食べてくれたほうが助かるわ」
余ったら私が明日焼き肉にするからだいじょうぶです、と念を込めて見ていると玉響が振り返ってにっこり笑う。
「ね、夜風。夜風も朝陽さんに食べてもらえたらうれしいよね」
ええ!? と飛び出しそうになった声を夜風はなんとか呑み込んだ。そして思わず朝陽を見てしまう。すると心なしか期待した浅瀬色の目が夜風を見ていた。
「そりゃ、朝陽さんにはお世話になってますけど……」
タオルやシャツのお礼もまだ返せていない。しかしそれならこんな食べかけではなく、もっとちゃんとしたものがいい。などと、夜風がぐるぐる考えている横で、玉響はまたのほほんと勧めていた。
「このお料理ね、夜風が作ったのよ」
「そうなんですか! すげえな夜風ちゃん! こんな珍しいもの作れちゃうなんて料理上手だね」
しらたきのごとくつるりと光る朝陽の目の上に三角の犬耳が見えた。たくましい体つきをしているわりに、彼は瞬きひとつで表情を無邪気にほころばせる。
とても直視できなくて玉響に視線を飛ばすと、わくわくした微笑みのまま首をかしげられた。瞬間、夜風は食卓を叩きつけ勢いよく立ち上がる。
「ちょっと待っててください。今お肉追加してきますから」
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