47 ご褒美③
「こんなにおいしいものを食べられるなんて。夜風のがんばりを人魚様が見ていてくれたんだね」
水の都アクレンツェの守り神として人々に親しまれる精霊の名を聞いて、夜風は箸を止めた。
かぶった水の冷たさがせつな肌を覆う。女性研究員たちから受けた嫌がらせを玉響には話していなかった。けれどなにかを見透かしたような慈愛に満ちた玉響の眼差しが、濡れた記憶を慰める。
「そうだったら、とてもうれしいです」
夜風はちょっとだけ涙のにじんだ目元を笑みで払拭した。本当に玉響には敵わない。お金でも休みでもなく、がんばりを認めるたったひとことで夜風は報われた思いがした。
コンコンッ。
そろそろ鍋に肉を追加しようかしらと考えた時だった。玄関扉が来訪者を告げる。夜風は思わず玉響と顔を見合わせた。日もすっかり沈んだ夜に誰か訪ねてくるなんてはじめてだ。
職場からの手紙かなとも思ったが、小鳥の折り紙が舞い込んでくる様子はない。夜風は首をひねりつつ席を立ち「はーい」と返事する。
「あ、先日お世話になった者です。お礼を届けに来ました」
夜風は眉をひそめた。とっさに思い当たる節がない。その沈黙をどう受け取ったのか、玄関扉は慌ててつけ足してきた。
「あの、お世話になったのは隣のご婦人なんですけど、今留守にされてるようでこっちに来てみたんです」
なるほど。突然の客人は玉響に用があるらしい。
「玉響さんならうちにいますよ。ちょっと待っててくださいね」
そう言って背を向けてから夜風は、客人の声をどこかで聞いたような気がした。だが、とにかくまずは玉響を呼ぶ。
「あら、私? まあまあ。誰かしらね」
ゆっくりと立ち上がる玉響を確認して夜風は玄関に戻る。「お待たせしました」と言いながら鍵を外して扉を開けた。瞬間、目に飛び込んできた赤髪によそ行き用の笑みが固まる。
『なんでここにいるの!?』
指をさし目をまるめた朝陽と見事に声が重なった。
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