46 ご褒美②
ミトンをつけて鍋敷を敷いた食卓の上に鍋を移すと、玉響は少女のように目を輝かせ「まあ!」と感嘆の声を上げる。
「まるでホテルのディナーね。でもこんなにたくさんのお肉、どうしたの?」
「先日本社勤務だったじゃないですか。その時の特別手当てが出たんです」
給料明細を受け取った時は、桁を間違えたかと思って何度も数え直した。しかしどう見ても一ヶ月分の給料に相当する額が提示されていたのである。
ついでに夜風は上司から三連休をもぎ取り、十五連勤を完遂したご褒美もかねて今夜のすき焼きパーティーを開いた。
「私までごちそうになって悪いわね。夜風も好きなもの買うのよ?」
そわそわした様子で食卓につきつつ振り返る玉響に、夜風はいたずらっぽい笑みを向ける。
「もう買いました」
小鉢に出したたまごを運びながら、ロフトの寝室を見上げた。そこにあるナイトテーブルの引き出しにしまったものを思い浮かべると今でも緊張する。
人生で一番高い買い物だった。なにせ給料一ヶ月半分だ。でも特別手当てがある今じゃなかったら、エクラ本社ビル屋上から飛び下りるようなこの決断はできなかっただろう。
「両親にもプレゼント贈りましたし、玉響さんはなにも気にせず食べてください」
最後に玉響が好みの紅茶を常温で添えて夜風も食卓につく。ありがとう、と笑ってくれた玉響といっしょに手を合わせ、豪勢な夕食への感謝を口ずさんだ。
えのきと水菜のしゃきしゃきした歯応えが食事を楽しませる。汁がよく染み込んだ焼きどうふの熱さに口をはふはふさせながら、とろとろにとろけたねぎとしらたきを掻き込み、鼻を抜ける香りとのど越しをいっしょに味わう。
溶きたまごと絡めた肉のうまさは、思わず身をよじるほどだ。噛まずとも舌の上でほろりとほどけていく。そこから脂の甘みが広がり、たまごのまろやかさに包まれた甘辛の味つけが余韻を残しながらすっと消えていく。
このお肉のお布団に包まれたい。夜風は本気で思った。そして母方の故郷の味、すき焼きを教えてくれた
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