第3章 お詫びにデート一回、ってのはどお?

45 ご褒美①

 長ねぎ、しらたき、焼きどうふ、えのきたちがパッパッと汗を噴き出し熱い湯に浸っているところへ、玉響たまゆら水畑みずばたけで採れた水菜すいさいを入れる。おひたしからスープまで毎日の食卓に並ぶ水菜だが、ごめんよ。今日の主役はきみじゃないのさ。と、夜風は気取った微笑みを浮かべてみせる。

 大鍋という舞台が整い、観客の野菜たちもすっかり興奮に身を熱くしたところで堅牢なる白氷の大門――冷蔵庫が今開く。


「さあみなさん、お待ちかね。今夜の主役、国産A五ランク霜降り牛の入湯です!」


 スポーツ実況者よろしく高らかに宣言しながら夜風が取り出したのは、網目に乗った脂が美しい高級牛肉だ。焼肉にしてもその脂の甘みと肉質のやわらかさが損なわれないことは間違いなし。

 それをあえて砂糖としょうゆの絶妙な塩梅が絡み合う鍋に入れる贅沢ぜいたく、背徳感。それらのスパイスが今宵の特別さをいっそう引き立ててくれる。

 一介の治癒師でしかない夜風にはこの先もありつけるかわからない、豪華な食卓をともにする相手はもちろん見合った貴人でなければならない。

 その到着が待ち遠しく置き時計に目をやった時、計ったように玄関扉がコンコンッと奏でられた。


「あら、いいにおい。お邪魔するわね。たまご持ってきたけど、本当にこれだけでよかったのかしら」


 夜風の下宿先の大家・玉響は網かごに入ったたまごを差し出しながら首をかしげる。


「もちろんです! 今日は日頃の感謝も込めて私がおもてなしするんですから。さ、上がってください」


 玉響は期待とちょっと照れた微笑みを浮かべ、上品にスカートをつまんで靴を脱いだ。普段は水畑仕事をしやすいズボンとエプロン姿だが、今日は青いワンピースを同色の腰布で締めている。

 耳と首元に光るさりげないアクセサリーに気づいて、夜風は確信を得た。お呼ばれと言っても同じ敷地内で十歩も離れていないのに、ちゃんと改まった服装で来てくれる。これほどもてなし甲斐のある麗人はいない。


「お肉たくさんありますから、どんどん食べてくださいね!」

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