41 隠された素顔①
「だから平気だと言ってます! もうほっといて!」
「お前は俺のこと放っておかなかっただろ! 野犬の時も、子どもの時も!」
目を見開く夜風が見つめる先でカーテンがそっと開く。記憶よりもたくましく成長した赤髪の男の子が、
「あの時俺はエクラの養成学校に入りたてで、毎日厳しい訓練についていけなかった」
幼い朝陽の姿が思い浮かぶ。養成学校には十二歳から入学が認められていたはずだ。夜風が覚えている子どもの朝陽はちょうどそのくらいで、でも同年代より線の細い少年だった。
「はじめての郊外訓練で、山からエクラ本社まで自力で帰ってこいって言われたんだ。だけど俺はみんなについていけなくて、転んだ怪我と心細さで……泣いてた」
朝陽は数瞬言い淀み、視線を落として首を掻く。
「でも夜風が助けてくれた。野犬の時も。かばんで応戦しようとしたのには笑えたけど」
無鉄砲さを指摘され夜風はもじもじとひざに手を挟みつつも、唇をむっと曲げた。
「だって、誰かが目の前で怪我しそうになってたら放っておけません」
「うん。だから夜風はかっこいい。昔から、ずっと」
顔を起こすと朝陽と目が合った。一対の浅瀬の海は暖かい光を湛えて夜風を映している。そのおだやかな眼差しで袋から出したばかりのタオルを差し出され、夜風は素直に受け取った。
「覚えてたんですね。火曜に再会した時なにも言わなかったから、お酒でなにもかも忘れてしまったのかと思いました」
シュシュとヘアゴムを外しながら、少し意地悪なことを口にした。鏡花のシュシュは水分を含んでじっとりと重たい。
洗って返さなくては、と思いながら朝陽を見やると彼は背を向けていた。ちらとうかがってきた視線が夜風とぶつかると、慌てて向き直る。
髪を下ろしたから着替えると思ったのだろうか。それならさすがにカーテンは閉めたいし、なるべく外に出ていってもらうが。それにしても、何人もの女性社員に囲まれようと堂々としていた朝陽にしては意外な反応だ。
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