40 急病人④
「夜風はかっこいいよ!」
卑屈な言葉を掻き消したその声に意識を奪われた。気づけば朝陽に抱き留められ、服を濡らしてしまうと夜風は腕を突っぱねようとする。しかし朝陽は身をかわして、夜風の背中とひざを支え抱え上げてしまった。
「や、やだ」
そのままトイレから出ようとする朝陽に、夜風は思わず彼の肩口に顔を埋め嫌がる。こんな姿、誰にも見られたくない。
「だいじょうぶ。フロアには誰もいない」
顔は上げられなかったが、朝陽が立ち止まって周囲を見回す気配を感じた。
そこから彼は足早に通路を進み、ドアを開ける時ももたつくことはなかった。ベッドに下ろされ、そろりとあたりを見た夜風はここが仮眠室だと気づく。
「待ってて。すぐ戻る」
仕切りのカーテンを閉めると朝陽は仮眠室を出ていった。
「私が、かっこいい?」
つぶやきながら壁かけ時計を見れば、始業から一時間が経とうとしていた。
女性研究員の大人しい風貌から朝陽の過激ファンではないと決めつけて、まんまと騙された。ブスと罵られても言い返せるだけの自信もない。
おまけに治癒師としても、鏡花の留守さえ守れない役立たずだ。
「こんな私のどこが」
張り詰めた心は些細な棘で容易く破れ、堪えていた熱い奔流をあふれさせる。ひざに落ちる新たなシミを夜風は拭おうとも思わなかった。枯れるまで泣いて空っぽになったらきっともう、なにも感じなくて済む。
「夜風。タオルと着替え持ってきた。開けるぞ」
ドアの開閉音がするや否や、目の前のカーテンが揺れた。
「開けないで!」
夜風はとっさに震える声を繕うこともできず叫ぶ。
「泣いてるのか……?」
気づかれたことに怯む胸を押さえ、夜風はゆっくりと息を吸う。トイレでうずくまる姿を見られているのだ。どうしたってみじめなことに変わりない。
「タオルと着替え、ありがとうございます。あとはひとりでだいじょうぶですから」
「待て、夜風」
「下の購買部で買ってきてくれたんですよね。お金は後日支払います」
「金なんかじゃない! 俺はお前のことを心配してるんだ!」
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