37 急病人①

「そうやってると隙だらけってわかってる?」


 シュシュを包むように触れた朝陽の手が、羞恥に燃える耳をかすめて夜風は限界に達した。


「わあああ! この色情魔! アル中! 露出狂!」

「イテッ、イテッ。ちょっと待ってどれも身に覚えない! 特に最後のやつ!」

「白昼堂々、路上で血を露出してました!」

「そういう露出!?」


 夜風は容赦なく胸板を殴りつけて、朝陽をドアまで追い立てる。痛いと言いながらも朝陽の口端から揶揄やゆの笑みが消えることはない。

 端正な顔立ちがますます憎たらしさに拍車をかけて、夜風は朝陽の頬をつねった。


「あなたなんてブサイクになればいいんです!」

「え。うれひいなあ」


 頬が盛り上がってピンク色の歯茎を見せたまま、朝陽は不恰好に笑う。


「それって、俺のことかっこいいって思ってくれてるってことだろ?」


 心底うれしそうに目を細めて、朝陽はそっと夜風の手に触れる。夜風はハタと気づいて弾かれるように手を離した。

 さっきから朝陽はやり返してこない。手を掴んでやめさせることもせず、受けとめて笑っている。そんな些細なところにも彼のやさしさを見つけてしまい、夜風の心臓はトクトクと高鳴った。


「治癒師さん! 治癒師さんいらっしゃいますか!? 助けてください!」


 そこへ慌ただしい声とともにひとりの女性社員が医務室に駆け込んできた。黒髪を下でひとつ結びにした大人しい印象の女性は、白衣を羽織っている。研究員だ。

 研究員の女性は夜風を見つけると、乱れた息のまますがりついてきた。


「同僚がっ、トイレで倒れて……! 呼んでもまったく返事をしないんです! 徹夜だったんですけど、昨日から調子悪そうにしてて!」


 夜風は過呼吸になりそうな女性の背中をさすってなだめ、しかと目を覗き込んだ。


「落ち着いてください。トイレの場所はどこですか」

「この階の、すぐそこです!」


 ガーデンフロアから突き当たりを左に曲がったところだ。医務室からならば直線、一分もかからない場所にある。

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