36 2度目のキス③

「よし。気合い注入完了ー!」

「かあいいことしてるぞ、と」


 突然、ガラスに映った自分以外の人物に夜風は目を剥いて驚き振り返った。慌てるあまり背中を棚にぶつけ大きな音を立てる夜風を、朝陽は目を細めて笑う。


「朝陽、さん?」


 熟れた果実のように見事な赤髪と浅瀬の鮮やかな海色をした目は朝陽に違いない。それでも夜風の目がさ迷ったのは、彼が野犬に襲われていた時と同じ全身真っ黒の服に身を包み、赤毛をみつあみに結っていたからだ。

 実動隊の華やかな制服を着こなし、髪を揺らして女の子たちに愛嬌を振りまいていた姿とはまたずいぶんと違う。

 その困惑を含んだ夜風の視線に気がついて、朝陽は「今日は非番なんだ」と言いながら距離を詰めてきた。

 夜風が身構えた時には伸びてきた指先がさっといたずらにシュシュをなでる。


「これが気合いになるのか?」


 からかいを帯びた声に夜風はムッとした。


「なるんです! 女の子は飾りひとつでも自信がついたり気分転換になったり――」


 ハッと息を呑み、夜風は口を覆った。普通に会話してしまった。目を合わせて同じ空気を吸ってしまっている。

 今さらながらガチ勢対策を思い出した夜風は、目をぎゅっと閉じて口を両手で押さえた。


「……なにやってんの?」


 当然の質問だった。しかし夜風に形振り構ってはいられない。才色兼備の鏡花さえガチ勢は認めなかったのだ。おしゃれのおの字も知らない夜風では、エンジョイ勢だって敵になりかねない。


「私のことはお構いなく。怪我や体調不良でないならお引き取りください。業務に支障が出ます」

「俺がいるとドキドキするから?」

「邪魔で迷惑だからとはっきり言わないとわかりませんか」

「もう言ってる」


 俺様傷ついたー、なんて声が聞こえるが棒読みなのがバレバレだ。騙されるもんかと夜風はいっそうまぶたに力を込める。


「ちぇっ。つれねえなあ、夜風ちゃんってば。でもさ……」


 ふいに低くなった朝陽の声を耳元で感じた時、やわらかいものがまぶたに押しつけられる。ちゅ、とリップ音が響いた瞬間夜風は火がついたように耳を熱くした。

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