33 朝陽という男⑥

 鏡花が指さす人集りへ夜風はすぐに目を戻したが、それらしき人物は見つけられなかった。やんわりと断りを入れ、歩き出した朝陽を追いかけることにみんな夢中だ。


「夜道ってどういうことですか」

「ガチ勢は夜風ちゃんが朝陽くんと連絡先交換したこともう気づいてるわよん。さっきガラス越しに人影が見えてたもの」


 夜風は思わず医務室の扉を見やった。腰を支えられたり、誘いを断ったりしていた自分の姿がよみがえり青ざめる。信者とも言われる熱狂的朝陽ファンが、そんな現場をどう捉えるかわかったものではない。


「でもだって向こうが言い寄ってきたんですよ!」

「そんなのガチ勢には関係ないわ。これ以上妬みを買いたくないなら、朝陽くんと目を合わせないこと。そして同じ空気を吸わないことね」

「私に死ねって言ってます!?」

「まあ一番手っ取り早くて効果的なのは、恋人を作ることよ。あたしもそうしたわ」


 夜風は小さく息を呑む。薄く笑った鏡花の目がひどく寂しげに見えた。

 鏡花は夜風から見ても美人だ。おしゃれで、自分の魅せ方をよく知っている。加えて国家資格の医師免許を取得した才女だ。

 完璧な女性の鏡花が限りなくふたりきりになれる医務室で、診察とはいえ朝陽に触れることもある。あらぬ噂や誤解が女性社員の間で飛び交ったことは、夜風にも容易に想像できた。


「鏡花さん、先任の治癒師が辞めてしまったのは、もしかして……」


 鏡花はなにも言わず夜風の肩をやさしく叩いた。しかしその無言がすべてを物語っている。夜風は肩に置かれた鏡花の手をそっと握った。


「あたしができる限りそばにいるわ。でも夜風ちゃんも用心してね」


 手を握り返した鏡花があれこれ親切にしてくれるのは、そうして友好関係を築くことで夜風を守ろうとしてくれているのだろう。

 不安は拭えないが、夜風はその思いに笑みで応える。

 ん? 鏡花を見ていてローレライ治癒団第三支部の上司を思い出した夜風は、内心で首をひねった。

 ということは、私が選ばれたのは朝陽さんと噂にもならない見た目だと思われたってこと?

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