32 朝陽という男⑤
「じゃあね、夜風ちゃん。毎日手紙飛ばすよ。鏡花ちゃんもまた遊ぼうな」
満足げに手を振る朝陽の指先で、夜風の連絡先が書かれたメモがひらひら揺れている。同僚の振る舞いを詫びるかのように会釈した氷人と連れ立って、赤髪頭はようやくドアの向こうに見えなくなった。
「なんなんですか、彼」
しばし立ち直れず、閉じたドアを見つめたまま夜風は鏡花に尋ねずにはいられなかった。
「だから言ったでしょお。わんこくんだって。あの愛嬌で老若男女問わずみーんなと仲よくなっちゃうのよ。連絡先聞くのなんて朝陽くんにとっては名刺交換と同じ」
夜風は手に持っていたメモをさっとポケットにしまった。当然のように持たされた朝陽の連絡先が、上司以外はじめて異性と交換したものだからって特別になんて感じていない。
もうキスのことも忘れようと思った時、ガーデンフロアがにわかに騒がしくなった。女性の黄色い悲鳴に加え、朝陽くーん! と歓声が聞こえてきて夜風はまさかと思い医務室を出た。
ついさっきまで人っこひとりいなかった噴水周りに人集りができている。朝陽と氷人を取り囲む女性社員の多さは、たまたま通りかかったという規模ではなかった。
朝陽が医務室に行ったと知って出待ちしていたとしか考えられない。
「本当にアイドルみたい……」
曲がり角からこっそり見つめる夜風の視線の先には、矢継ぎ早に話しかけてくる女性たちに嫌な顔ひとつせず受け応える朝陽がいる。
やさしい微笑みと髪やメイクを褒める細かな気遣いに、話しかけられた女性たちは少女のように目をキラキラさせ、色めき立った。
キスや泥酔した姿で凝り固まった夜風の心に、すっと一陣の風が通り抜けていく。昨日見た彼がすべてではない。そしてどうやら朝陽が魅力的な人であることは、揺るがない事実のようだ。
「夜道に気をつけなさいよー」
そこへふいに耳元で話しかけられ、夜風は飛び上がった。
「きょ、鏡花さん!」
「って言う目であなたのこと見てるわよ。あの子たち」
「え!?」
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