30 朝陽という男③

「いや。それはきみの才能だよ。おもしろいものが見れた。ありがとう」

「えっ。まだ腕の治療が――」


 満足した笑みを残して勝手にベッドから離れる隊員を、夜風は二の腕を捕まえて引き止めた。しかしその前腕にくっきりと浮かび上がっていたうっ血が消えている。わずかに魔力の残滓ざんしを感じた。


「そのピアス、もしかして治療魔装具ですか」


 ニッと深まった男の笑みが肯定を示していた。だったらなぜわざわざ医務室に来たのか、困惑する夜風の目を覗き込んで隊員は口ずさむ。


「俺の名前は氷人ひょうど。また会うかもしれないから覚えておいて」

「氷人くんの悪い癖よね。治癒師となるとその実力を試さずにいられないって」

「医務室に新人来る度に怪我作るのお前の趣味じゃん。俺を責めるなよ」

「だって痛いもんは痛いから」


 苦笑をにじませる鏡花と不満をこぼす朝陽はわけ知り顔だ。ひとり話を飲み込めずにいる夜風は、きょろきょろと三人の顔を見回す。


「で。名前教えたってことは気に入ったのか?」

「お前に殴られた甲斐はあったよ」


 へえ、と低くつぶやいた朝陽の目が夜風を映したとたん、細められる。そのままひたりと視線で捉え近寄ってくる朝陽に、夜風は思わずあとずさりベッドにつまずいた。

 よろけた腰を支えられ、耳元に吐息が近づく。


「仕事が終わったら、俺と食事に行かない?」


 信じられない思いで見つめる夜風の視線を朝陽は微笑みで受けとめる。再びよみがえった口づけの感触が心を冷ややかにした。


「困ります。私は今日ここに配属されたばかりで、不慣れなことが多いです。食事を楽しむ余裕はありません」


 かわいげのない断り方をしてしまったか。胸に過る後悔と反省はしかし、次の言葉で打ち消された。


「そんなのテキトーでだいじょうぶだって。ローレライとやること変わらないだろ」


 夜風は腰に回った手を振り払い、驚く朝陽の顔を正面から見上げる。


「私の仕事にてきとうで済ませていいものなんてありません!」

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