29 朝陽という男②
同僚にひじで小突かれて、朝陽は言い訳を口にしながらへらりと笑う。ハーフアップにした長い赤髪が背中で揺れた。
「へえ。朝陽くんが遅刻なんて珍しいわね。それじゃあ夜風ちゃん、そっちのベッドで処置に入ってくれる?」
壁際のベッドを示す鏡花に夜風は「はい」と応える。イスから立ち上がろうとする実動隊員に手を貸して、ベッドに腰かけさせた。
鏡花が触診をした時、腕よりも痛そうにしていた脇腹から治療にあたる。左手中指にはめた人魚のひれを模した治癒魔装具に集中しながら、患部に触れるか触れないかの距離でそっとなでた。
結晶が煌めく。小花と蝶をあしらった解毒魔装具も呼応して、ほんのりピンクと紫の明かりを灯した。
夜風が魔装具から患部へ意識を高めていくと、精霊の結晶体は青い輝きで応える。
目を閉じれば患部の様子が熱と反響でわかった。精霊の魔力を通じて伝わるそれは、患部に触れると熱く感じ、魔法が有効であれば波動は小さく静かに対象へと染み込んでいく。
「さてさて。遅刻した朝陽くんは今朝どこにいたんでしょう。新しい女の子のところかしら?」
「勘弁してよ、鏡花ちゃん。それはナイショ!」
意識が深く沈んでいると、夜風は周りの音がよく聞こえることが多かった。今も後ろから鏡花と朝陽の戯れが流れてくる。
女の子の友だち、たくさんいるんだ……。
夜風の右手は無意識にあごに触れていた。彼の唇がかすめていった感触と冷たさがまだそこにある。
だけどあの人にとっては、あいさつみたいなものだったのね。
「あ……っ」
その時ふいに、患部にかざしていた手を掴まれて夜風は目を見開いた。
「ふうん。意識が逸れてもしっかり発動してるんだ」
「す、すみませんっ」
気がそぞろになっていたことを咎められたと思った夜風は慌てて謝る。しかし隊員は青い目をやわらかく細め、首を横に振った。目と同じ色のピアスが耳元で瞬いている。
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